雪の積もった人気のない病院の中庭で、濃い色の金髪の少年が病室のひとつを見上げていた。白い息を吐き出し、緑がかったコートのポケットに両手を入れ、寒さに肩をすくめながらも、少年は動こうとはしない。
「アルフォンス、ここにいたのか」
病院の裏口から出てきた中年の紳士が少年の名を呼んだ。
「父さん？」
そう答えながら少年、アルフォンス・エルリックが振り返った。
「さっきエドワードに会ったぞ。ハイデリヒ君の見舞いにきたんじゃないのか」
「そうだけど」
「なら、なんでこんなところにいるんだ」
「最初は……ふたりだけで話したほうがいいと思ってさ。ボクがいると邪魔かもしれないから」
アルフォンスがもう一度、病院の建物のほうを見上げた。
「気を利かせたというわけか。そういや、さっきのエドワードは真っ赤なバラの花束をかかえて決死の形相だったけな。あれじゃ見舞いというよりも、むしろプロポー……」
冗談めかして言ったホーエンハイムの言葉は、アルフォンスのギリリと音がしそうな鋭い視線にぶつかって途切れた。
「ああ、いや、なんだな、エドワードはあの見事なバラの花束をどこで手に入れたんだろうな」
ホーエンハイムが慌てて話題を転じた。
「ボクが用意した」
「え？」
「兄さんが手ぶらで見舞いにいくのは嫌だとかなんとかゴネるから、ボクが用意したんだ」
「赤いバラをか？ おまえ、花言葉って知ってるか？」
「知ってるよっ！ 仕方ないじゃないか、温室を持っているおばあさんにお願いしたら、あれをくれたんだから」
「うーん、濃いピンクなら問題なかったんだがなぁ。まあ、手ぶらよりはいいだろうし」
ホーエンハイムが取り繕うように言う。
アルフォンスがポケットに手をいれたまま、足元の雪を蹴った。
その様子を見て、ホーエンハイムが言った。
「いいのか？」
「なにがさっ！？」
ホーエンハイムの問いに噛み付くようにアルフォンスが答える。
「面白くなさそうじゃないか」
「……本当はちょっと悔しい。あの人が兄さんと会ってるのが。……あの人はボクの知らない兄さんを知っているし、昔のボクに似てるから。今のボクよりもずっと――兄さんの知っていたボクに近いんだ」
アルフォンスは下を向いたまま雪を蹴り続けた。
「兄さんはハイデリヒさんを傷つけたことを後悔してた。あの人のことをずっと気にしているくせに会うのをこわがってた。ボクは、あんな風にぐずぐずしてる兄さんを見たくない」
「だから焚きつけた――か」
「うん」
アルフォンスは黙った。
ホーエンハイムも何も言わない。
サクサクと靴のつま先で雪を掘る音だけがかすかに響く。
やがてアルフォンスが顔をあげて、小さくつぶやいた。
「負けないよ、あの人には」
アルフォンスのつぶやきが聞こえたのか、ホーエンハイムは黙って微笑んだ。
「また降ってきたな」
アルフォンスの髪についた雪の結晶を払ってやりながらホーエンハイムが言った。
「ともかく中へ入って暖かい物でも飲もう。今日は特別に見舞い客にもなにか振舞ってくれるそうだから」
「うん」
歩いていく親子の足跡の上に静かに雪が舞い落ちた。
2006/01/17
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ヤコブの梯子→冬のバラ→雪と続いてます。この順で読んでいただくと、アルのちょぴり複雑な心境が分かっていただけるかと。
アルが見上げている病室の中での出来事が「訪問者」。
濃いピンクのバラの花言葉は「感謝」。
ホーエンハイム父ちゃんがアルと一緒のところを書きたかっただけだったり。
このあと二人でハイデリヒの病室にお見舞いに行きます。