「わぁ、兄さん、ずいぶん料理を取ってきたんだね」
どこからか現れたアルフォンス・エルリックが皿でいっぱいのテーブルをみて感嘆の声をあげる。
「なんだアル、どこにいたんだ？」
「あっちでワインを運ぶのを手伝ってた。これからスペシャル・イベントがあるんですって？」
最後の言葉はハボックに向けられたのものだ。
「ああ、スペシャル・イベントね。あるよ」
ハボックはしぶしぶ答える。できれば「スペシャル・イベント」の件は直前まで伏せておきたかったのだが。
「天井に飾ってあるあれ、ええとヤドリギっていうんでしたっけ、あれと関係あるっていうんですけど、誰も詳しく教えてくれないんです」
広間の天井からは、赤い実をつけた緑の小枝が金色のリボンで束ねられて吊り下げられている。
「ああ、西の方じゃ新年にヤドリギの下にいる人間にはキスしていいという風習があるんだな。で、新年の午前0時から3分間、部屋の灯りが消える。だからその間に目当ての人間のところへ行ってだ、ええと、そのう……」
「キスするんですね」
興味深々で聞き入る子供ふたりにはさまれ、赤くなりながらしどろもどろに説明するハボックの言葉をあっさりとアルフォンスが引き継いだ。
「それがスペシャル・イベント？ なんだかセクハラなイベントじゃん」
実もフタもないエドワードの感想にハボックは苦笑する。
「ま、大人のお楽しみだしな。あこがれの人に近づくチャンスでもある。これが縁で結婚した奴らだっているし」
「じゃあ人気のある人は競争率が高くなって大変ですね」
「そうだな。うちの大佐なんざ、毎年周りに女の子の人垣ができる」
「ふーん……」
エドワードがつまらなそうに相槌をうった。どうやら急に機嫌が悪くなったようだ。
それをみて、ハボックは思わずにやりとする。
――この様子なら、やっぱりこちらも脈ありか。
エドワードはコップの中の氷をストローで苛立たしげに突きまわした。
――さっさと食べて帰ればよかった。なんなんだよスペシャル･イベントって。……どうせオレたちには関係ないけど。
ちらりと部屋の反対側に目をやり、黒髪の軍服姿を捜す。ロイ･マスタングはふたりの女性士官と楽しげに談笑していた。
「大人の時間だってさ。どうせオレは子供だし」
つぶやいて、氷をひとつ口に放り込むとガリッと噛んだ。
「さーて、午前0時も近づいてまいりまして、皆さんお待ちかねの、オ・ト・ナ・の時間、スペシャル･イベントの始まりだよ」
いつの間にやらヒューズがお立ち台の上でマイクを握りしめて叫んでいる。
「午前0時からの3分間は暗闇のキス・ターイム。日ごろ想いを寄せているあの人に告白をするチャンス到来！」
ヒューズは天井に飾られたヤドリギを大仰な身振りで指さす。
「西方でのしきたりどおり、ヤドリギの下で立っている人はキスされるのを断ってはいけなーい。そんなことをしたら、来年不幸になっちゃうからね。それでも花の唇を守りたいという乙女は金色のリボンの聖域に急いだ、急いだ」
何人かの女性兵士が部屋の片隅にある金色のリボンが張られた場所へと走っていった。どうやらそこが「聖域」らしい。
意中の人の近くに寄ろうというのだろうか、エドワードの周りでは人々の移動が始まっていた。
「アル、巻き込まれないようにオレたちも『聖域』とやらに……」
だが振り返ると隣にいるはずのアルフォンスがいない。
「兄さーん」
人の流れに押されたのか、アルフォンスは数メートルも離れた場所にいた。
「さーあ、お目当ての人物の居場所の確認はできたかな。カウントダウンを始めるよ。ターゲット・ローック・オン！」
ヒューズが叫ぶ。
「じゃあな、大将、がんばれよ」
エドワードの隣に立っていたハボックが離れる。
「５！」
人ごみの中でエドワードが動くに動けないでいるうちにカウントダウンが始まってしまった。
「４！」
どうしたらよいかとエドワードはあたりを見回す。
「３！」
気がつくとエドワードのまわりから人がいなくなっている。視界をさえぎっていた人影がなぜか次々と退いて、エドワードの前には通路ができていた。
「２！」
そして青い軍服の裾をひらめかせ、そこを歩いてくるのは……。
「大佐？」
ロイ･マスタングがエドワードの前でぴたりと立ち止まると、にやりと笑って言った。
「やあ、鋼の」
同時に部屋の明りが消えた。
背景素材は篝火幻燈からお借りしました。