『アルフォンス……寝てるのか？』
エドワードさんが言う。
『起きてますよ、もちろん。グレイシアさんの店の花を並べたら、ロケットを打ち上げないと。あなたを乗せるんだから』
答えながら、バラの花を入れた容器を花屋の店先に並べた。並べても並べてもバラの花は減らなくて僕は焦った。エドワードさんをロケットに乗せなくちゃいけないのに。
『アルフォンス、オレが邪魔なのか？』
エドワードさんが言う。
いいえ、いいえ、そんなことはない。僕はもっとあなたと一緒に居たかった。あなたが笑っているところを見たかった。あなたに僕の方を向いてもらいたかった。でも、あなたはずっと帰りたがっていたから。だから、僕は――。だって、僕は――。
*
目を覚ました僕の前には、真っ赤なバラがあった。一瞬、グレイシアさんの店の前で眠ってしまったのかと思い、それからここが病院であることを思い出した。
赤いバラの花束の陰から、金色の髪と金色の瞳がおずおずと現れた。
「悪い……起こしちまったかな？」
花束をかかえてベッドを覗き込んでいたエドワードさんが済まなそうにつぶやいた。
驚いた。
あの日ロケットに乗せたエドワードさんと別れてから、僕たちは一度も顔を合わせていなかった。この世界に戻ってきたと聞いたとき、もしかしたらと思ったけれど、エドワードさんが僕の前に現れることはなかった。
だから、この人はもう僕には会いたくないのだと――僕のしたことを怒っているのだと思っていた。
「これ……クリスマスには不似合いかもしれないけど」
エドワードさんが差し出す花束を受け取った。
「ありがとう。きれいだ」
「アルが……弟が用意したんだ」
「弟さんに会えたんですよね」
「うん。おまえのおかげで……」
一呼吸おいて、エドワードさんが言った。
「ありがとう」
僕はなんと答えていいのか分からなくて、話題を変えた。
「僕も、あなたの弟さんに会いました」
「ああ」
「あんなに年下だとは思わなかった。想像していたより……活発そうで。どこかあなたに似てる」
「ま、いろいろあってさ。あいつ、オレに似てきたみたいで……昔より無茶するようになった」
照れたように言うエドワードさんの笑顔に、胸の奥がちりちりと痛んだ。
「アルのやつ、入口までは一緒だったんだけど、途中ではぐれたみたいだ。あとで探しにいかないと……。それより、具合はどうなんだ？」
「傷はだいぶよくなりました。もう起きられるようになったし。それからここは」
僕は自分の胸を示した。
「ホーエンハイムさんから、話を聞いてますか？」
「あ……ああ、一応は」
「僕には時間がないといったけれど……神様が延ばしてくれたみたいです」
「そうか……良かったな」
会話が途切れた。
もう一度会えたなら言いたいと思っていた言葉はたくさんあったはずなのに、いざ会ってみると頭が真っ白になって何も出てこない。
気まずい沈黙が続いた。
僕はこういう状態を他の国の言葉でなんと言うか知っている。「天使が通り過ぎる」というのだ。僕たちの頭の上を何人もの天使が通り過ぎていった。
居心地が悪くなったのだろう、エドワードさんがぎこちなく言った。
「あんまり長居しても傷に障るだろうから、オレはこれで……」
「待ってください。もう少し……」
引き止めようとしても言葉が続かない。
そこへひどく上機嫌なだみ声が割り込んできた。
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