フュリーが力いっぱい突き出した白木の槍は「そいつ」の胸の真中を貫いた。乾いた土壁が崩れるように、狼に似た化け物の身体は崩れ落ちた。
肩で息をしているフュリーの傍にハボックが駆け寄ってきた。
「大丈夫か、おい」
フュリーがこくこくとうなずく。
「銃剣の訓練をちゃんとやっといてよかったです」
「大佐から木の槍を用意しとけといわれたときは、何の冗談かと思ったもんだが、結構効くもんだな。銃よりこっちのほうがマシとは思わなかったぜ」
第五研究所の異変に気づいて駆けつけたハボックたちが見たものは、燃える建物と赤く光る目をした異形の怪物の群れだった。化け物の群れは人間というよりは毛のないサルや狼に似ていたが、通常の銃が通用せず、にもかかわらずホークアイが放った銀の弾丸の一撃で消滅したところをみると、やはり吸血鬼の一種ではあるらしい。
光を嫌うようなので、投光器を使ってそいつらを研究所の敷地内に封じることはできたが、おかげで消火作業も救援作業もままならない。
「こういうのこそ、ハンターの仕事じゃないのかよ。執行官はどうした」
「まだ病院ですよ」
「くそ、日の出までこうやってろってか」
投光器と白木の槍を構えながらハボックが愚痴ったそのとき、
「いや、もう少し早くカタがつくと思いますよ。ちょっと下がってください」
後ろから声がした。
振り返ったハボックとフュリーは、銀糸の縫い取りのある執行官の黒い制服とそれによく映える銀の銃を見た。
その銃が二回火を噴き、二体の化け物が消滅した。
「遅くなってすみません。武器を持ってきました」
エルリック執行官は、手にしたトランクを地面に置くと、物陰から走り出ようとした化け物をさらに二体仕留めた。
「雑魚ばかりか。時間稼ぎのためだな。こっちは……もう無理か」
炎につつまれた研究所の建物を見てつぶやいた執行官は、向かい側の建物の屋根に目をやり、そこに何かを見つけたようだった。
「エルリック執行官！ どうしてここに」
「すみません、中尉。ここは任せます」
駆け寄ってきたホークアイ中尉に執行官が叫ぶ。
「どこに行くつもり」
ホークアイの問いにハンターは答えた。
「吸血鬼のところですよ、もちろん」
＊
文書館の屋根の上に立って、エドワードは燃え上がる第五研究所を見つめていた。
夜風に金髪と黒いマントがなびく。
手の中にあるのは、枯れかけた薔薇の花だ。
「兄さん」
アルフォンスが銃を構えて呼びかけると、エドワードが振り向いた。
「やっぱり来たか。……もう少し封印が効くと思ってたんだがな」
エドワードが薄く笑った。
金と赤に彩られた目がアルフォンスを見つめる。
「ハンターを見損なってもらっちゃ困る」
アルフォンスは答える。
「撃てよ、そのために来たんだろ」
エドワードは薔薇の花を顔の前に掲げた。
「こいつが目標だ。しっかり撃ちぬけ。止めを刺すのを忘れるなよ。オレは……結構しぶといらしいから。それから――ウインリィたちを守ってやってくれよな」
エドワードは、薔薇を掲げたまま、かすかに頭を下げて目を閉じた。
アルフォンスが引き金を引いた。
銃声が響く。
銃声の最後の余韻が消えたとき、エドワードが怪訝な顔つきで目を開けた。
銃口は空に向けられていた。
「兄さん、もう一度ゲームをしよう。今度は鬼ごっこだ。昔、兄さんとボクとウインリィとでやっただろ」
アルフォンスは言った。
「ボクが追いかける。全力で逃げていいよ。ボクはきっと兄さんを捕まえる。昔から、兄さんはボクに勝てないものね」
「そんなことはねぇぞ！」
その答にアルフォンスは苦笑する。兄はやっぱり昔と変わらない。
「なら、はじめよう。今から」
エドワードが笑うのが見えた。
楽しそうな、不敵な笑み。
「わかったよ、アル。それなら――」
薔薇を投げ捨てる。黒いマントが翻った。
「追って来い！」
エドワードは、金髪をなびかせて、地上めがけて跳躍する。きれいに着地を決めると、そのまま森の中へと走り去った。
アルフォンスもまた、楽しげな笑みを浮かべ、その姿を見送った。
背景素材はSilverry moon lightからお借りしました