「エルリック執行官が撃たれただと？」
ロイ・マスタングが聞き返す。
「正確には、撃たれて倒れていたところを憲兵に発見された、です。今は病院に」
リザ・ホークアイが冷静に訂正する。
「容態は？ どういう情況だ？」
「腹部を撃たれてますが、命に別状はないそうです。意識も戻っています。発見されたのは西地区の路上で、どこかで撃たれた後で運ばれてきたようです。目撃者はいまのところなし」
「使われたのが銃だとすると、犯人は人間か？」
言外に吸血鬼の仕業ではなくという意味を含ませた問いだ。
「おそらく。でも、おかしな点もあるのですが」
「何がだ？」
「傷の治りが異常に早いんです。それから、これは倒れたときに頭を打ったのが原因かもしれませんが、記憶に障害が出ています。自分が『協会』の人間であることも覚えていないようです」
「妙だな……」
ロイ・マスタングは執務机の上に肘をつき、何かを考えている。
「『やつら』が何かしたという可能性もあるのか？」
「はい。ですから『検査』を行いました。でも、吸血鬼に咬まれた痕跡はないし、少なくとも『感染』はしていません」
「わかった、あとで私も様子を見に行くことにしよう。それから念のため第五研究所の監視を強化しておけ。何か動きがあるかもしれん」
「わかりました」
執務室を出たリザの脳裏に浮かぶのは、陽光あふれる病室で、初めて会う人間に対するように自分に挨拶をしたアルフォンスの姿だった。いつもの冷静な執行官の表情とは違う無垢な笑顔を向けられて、リザは当惑させられた。
だが、あれこそが、あの青年の本来の姿なのかもしれなかった。
＊
アルフォンスの手の中にあるのは、銃身の長い銀色に輝く回転式拳銃だ。弾は入っていない。アルフォンスの銃だといって、ホークアイと名乗る美しい女性士官が置いていったものだ。
恐る恐る握ってみると、くるみ材のグリップは意外なほどしっくりと手に馴染んだ。引き金を引く感触もどこか覚えがある。どんな情況でこんなものを握ったのか少しも思い出せないのだが、身体は確かにこれが自分のものだといっている。
アルフォンスは、自分のいる部屋を見回した。殺風景な病室で、白いカーテンのかかった明るい窓からは街並みが見える。こんな場所にいるのは、腹部を撃たれたからだそうだが、アルフォンスには、いつ誰にどのように撃たれたかの記憶もなかった。
記憶がないといえば、自分がなぜこの街にいるのかすら思い出せないのだった。
自分は「協会」の「執行官」で、ホークアイという女性士官や彼女の上司だという黒髪の将校とともに吸血鬼にかかわる事件を追っていたというのだが……それが自分のことなのだという実感が全く湧かない。
『本来ならゆっくり傷を治せといいたいところだが、あいにくと、こちらにも余裕がなくてね、君の一日も早い復帰を願っているよ』
見舞いに来た黒髪の将校は、そういい残して部屋を出て行った。
わざわざ病室に銃を残していったのは、さっさと思い出せという無言の圧力か。「執行官」とやらは、ずいぶんと苛酷な職業だったらしい。思い出せないのは、思い出したくないからじゃないのか。
ベッドの横の椅子にかかった黒地に銀の縫い取りのある「執行官」の制服を眺めながら、アルフォンスはそんなことを考えていた。
背景素材はSilverry moon lightからお借りしました