病院の跡地に残った施設は「第五研究所」と呼ばれていた。かつては免疫血清研究が盛んに行われていたが、病院の取り壊しに伴ってほとんどの研究員は別の研究所へ移り、今では細々と動物を使った実験が行われてるだけだという。
確証のないまま、跡地の施設を監視していたアルフォンスは、その夜、ひとつの糸口を見つけた。「第五研究所」の裏口に停まった一台の車から降りてきたのは、アルフォンスも見覚えのある軍将校のひとりだった。泳がせるか正面突破を試みるか、一瞬迷って、後者を選んだ。
街灯の光の中にいきなり現れた相手が執行官だとすぐに気づいたらしい将校は、こわばった笑みをみせた。
「こ、これは執行官。パ、パトロールかね」
「そうです。まだ油断はできませんからね。准将こそ、こんな時間にどうなさいましたか？ ここは……なんの施設だったかな？」
アルフォンスは、わざとらしく尋ねてみせる。
「とても重要な研究をしている場所ですよ。准将はその成果を見せてくださるんです。だから邪魔しないで欲しいな」
そう言いながら、車からもうひとり、若い男が降り立った。軍服ではなく仕立てのいいコートを着ている。
「あなたは――」
アルフォンスが問いかける間もなく、男が動いた。
腹に何かが押し付けられた。鈍い爆発音と共に腹部に衝撃が響いた。少し遅れて焼けつくような痛みが広がる。
思わず押さえた左手がぬめる。
「油断しすぎだ、ハンター」
目の前の男が、鋭い牙を見せてニタリと笑った。
激痛に傷口を押さえ前のめりに倒れこむアルフォンスの視界の隅を小柄な影が過ぎった。
「エンヴィィィッ、てめえぇ！」
そう叫んだ声の主は地面に叩きつけられた。子供の声だ。そういえば、以前もこんなことがあった。そんな場合ではないのにぼんやりとそう思った。
「慌てるなよ、おチビさん。急所は外してある。さっさと手当てしてやるんだな」
そう言う男の声にかぶさって、怯えた将校の声。
「な、なんてことをしてくれたんだ。『執行官』だぞ。こんなことしたら『協会』が――」
「あーあ、割と早かったよね、こいつにバレるのがさ。ま、だいたい話は分かったから、あんたは用済み」
そこでアルフォンスは意識を手放したので、将校の断末魔の悲鳴を聞くことはなかった。
背景素材はSilverry moon lightからお借りしました