「今回の『犯人』が逃げ込んだ場所がここ。その前がここ。これに半年前の事件のデータを加えるとこうなります」
地図の印を対策本部のメンバーに示しながら、アルフォンス・エルリック執行官が言う。
「東地区の一部に集まっているな。で、これから何を読み取る？」
ロイ・マスタング大佐が尋ねた。
「僕はね、このあたりに何かあるんじゃないかと思っているんですよ。ああいう下級吸血鬼だけがいきなり何体も現れるというのは、あまりないことなので」
執行官は地図につけられた印の中心から少し離れた位置に大きく丸を描いた。公園をはさんで、公官庁の建物が並んでいる場所だ。
「なぜそこが怪しいといえるのかね？」
「『協会』では行き詰まったら、過去を掘れといわれてましてね、調べたら興味深い記録に行き当たりました。以前、この場所には病院がありました。ですが二十二年前にその病院内から伝染病が発生してこの地域全体が隔離封鎖され、医者や看護婦を含む百人以上が亡くなり、病院自体も取り壊されました」
「二十二年前というとアエルゴ熱ですね。全身倦怠、貧血症状から始まって、発熱、頭痛口渇、精神神経症状を引き起こし、死に至る。死亡率は八割を超える。患者の血液、分泌物などがおもな感染源で、死亡した患者からも感染する」
記憶力を誇るファルマン准尉が、報告書を読み上げるかのように暗誦した。
「症状はまだありますよ。眼球粘膜の充血、虹彩の変質、太陽光による皮膚の爛れ・壊死、血液への嗜好」
「それって――」
何かをいいかけたホークアイ中尉を制して、執行官がうなずいた。
「そういうことです。二十二年前にもここで吸血鬼が生まれて『協会』によって殲滅させられ、その事実は封印されたというわけです。まったく『協会』の秘密主義には呆れますね。僕でさえこの記録にたどり着くまでに、何度も申請が必要だった」
執政官は指で地図のその場所を何度か叩いた。
「病院の本館は取り壊されたが、周囲にはいくつか施設が残っている。研究所、文書館、特別病棟。僕の勘では、そこに何かが存在する」
「『やつら』の親玉ですかね？」
タバコを唇にはりつかせたまま、ひどく厭そうな顔でハボック少尉がいった。
「わかりません。『やつら』の流儀ではなさそうですけどね」
執行官が肩をすくめた。
「僕の車の無線機が壊されていましたよ。そのほかにも細かい妨害がいろいろと。どうやら捜査を邪魔したい者がいるらしい。『やつら』のほかに人間も相手にしなくてはならないのだとしたら……やっかいかもしれませんね」
背景素材はSilverry moon lightからお借りしました