「本当にいいんですか？ 厭なものを見るかもしれませんよ」
医者の白衣を羽織ったアルフォンス・エルリックが問う。
看護婦姿のリザ・ホークアイはナース帽の位置を直しながら答えた。
「構わないわ。女性がいたほうが彼女も不審に思わないでしょう。何も気づかずに済むのなら、それに越したことはないわ。銃を貸して」
「済みません。もし僕がしくじったときには……お願いします」
リザの手に銀の弾丸を篭めた小さな銃が渡された。
薄暗い特別病棟の廊下を通って、二人が向かったのは昨日の被害者の少女の部屋だ。彼女はこれから最後の「検査」を受けることになる。
吸血鬼に襲われた者に対しての「協会」の処置はきわめてシンプルだ。息がないものは胸に杭を打ち込んで火葬に付す。息があるものは太陽に晒す。吸血鬼伝承の残る地方に伝わる風習は単なる迷信ではなく、実際に有効だった。陽の光は、吸血鬼に「感染」した者の肌を焼き、爛れさせる。銀の弾丸はその苦しみを終わらせるために使われる。
残酷な検査だ。誰にとっても。
執行官には言わなかったが、陽光を浴びた感染者がどうなるかを、リザは知っていた。半年前の事件の記憶がよみがえる。あのとき「犯人」の吸血鬼は朝日を浴びて滅んだが、同時に負傷した憲兵も犠牲になった。
二度目の事件が起こったときに、軍部が自分たちだけで事件を解決しようとはせず、あえて「協会」に執行官の派遣を要請したのは、そのせいもあるだろう。
空の車椅子を押しながら、リザは傍らを歩く長身の青年の端整な横顔を盗み見た。落ち着いてはいるようだが、表情はこわばっている。無理もない。
まだ少年期を脱したばかりの年齢でありながら優秀な吸血鬼ハンターとして名を馳せるこの青年は、何度もこういった「検査」に立ち会ってきたのだろうか。
どうか銀の弾丸が使われることがないように、と、リザは強く願った。
攫われたときに催眠状態だったために被害者の少女に事件の記憶がほとんど残っていないのは、ある意味では幸運だったといえよう。急な病のために入院したという説明も治療のために別に病棟に移るという説明も素直に受け入れられた。
少女を車椅子に乗せて廊下へ出ると、温和な若い医師の仮面をかぶったアルフォンス・エルリックはこう言った。
「せっかくだから、中庭を通っていきましょうか。日光はあなたの病気にもいいんですよ」
ごく自然に、澱みなく。それが少女に死よりも辛い苦痛をもたらすかもしれないなどということはおくびにも出さず。
三人が立つ、光が差し込まない廊下のつきあたりに、明るい出口が見えた。その先にあるのは、陽光に満ちた病院の中庭だ。薬草園を兼ねた庭には、ハーブが生い茂り、片隅には薔薇の木も植えられている。
アルフォンスが白衣のポケットに手を入れたのを見て、リザもまた自分の銃の存在を確かめる。
「行きましょう」
アルフォンスの声に促され、リザは深く息を吸うと、少女の乗った車椅子を押し出した。
日の当たらぬ通路から、太陽の光の下の中庭へと。
少女の手に、頬に、陽の光が当たる。
そして――。
何も起こらなかった。
太陽は少女の肌を明るく照らすばかりだった。
リザはひそかに安堵のため息をついた。
アルフォンスのほうを窺うと、年若い吸血鬼ハンターもまた緊張を解いた様子だ。リザの視線に気づくと、彼はかすかに笑みを浮かべてうなずいた。
「きれいな場所でしょう。もう少し陽に当たっていく？」
リザが少女にそう問うと、
「はい」と嬉しそうな声が返ってきた。
中庭を出るとき、アルフォンスは庭の樹から手折ったピンクの薔薇を少女に手渡した。戸惑いながら受け取り、頬を染める少女の手の中で、薔薇の花はみずみずしさを保ったまま、さわやかな香気を放っていた。
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背景素材はSilverry moon lightからお借りしました