目を開けると夜空ではなく、部屋の天井が見えた。もう見慣れてしまった、ミュンヘンのアパートの天井。
ベッドから身を起し、無駄と知りつつエドワードは呼びかける。
「アル？」
応えはない。
胸と唇と左手に幸福な夢の余韻を感じながらつぶやく。
「あのまま永遠に覚めなきゃよかったのに……」
カーテンを開けると、「クリスマス」の朝のミュンヘンの街は静かに雪に埋もれていた。昨夜のミサ帰りの人々の足跡の上にも明け方降ったらしい雪が積もり、飾りをつけた家々の扉は堅く閉ざされている。
この国の人々は「クリスマス」には静かに家族で過ごし、墓参りに出かけるのだという。
家族の絆を深める日。
だが、一番逢いたい家族はここにはいない。
リゼンブールの母の墓も……とても……遠い。
ストーブに火が焚かれていて、部屋は暖かかった。特別のミサに出るといっていたホーエンハイムが明け方に帰ってきたのだろうか。
テーブルの上にはワインと食事の入ったバスケットと一緒に置き手紙があった。
おまえと一緒にこの「クリスマス」を祝えないのは残念だが、どうしても行かねばならない用事ができた。新年までには戻る。
「アンタはいつもそうだ」
エドワードは読み終えた手紙を細かく引き裂くとクズ籠へと放り込んだ。
手紙に添えられていたカードは「聖母子」と呼ばれるこの世界の宗教画だ。それもそのままクズ籠に入れようとして、手を止めた。
「聖母」の顔にどこか見覚えがあったからだ。
「母さん……？」
描かれた「聖母」には、エドワードの母の面影があった。そして聖母が抱く幼子の姿は――。
「アル！？」
そして、もうひとつ見覚えのある顔をみつけた。聖母の周囲を飛び回る天使の群れの中に混じる、幼いころの自分によく似た姿。
「あいつ……どこからこんなもの探してきたんだ？」
カードを裏返すと、メッセージが添えてあった。
Froehliche Weihnachten
良いクリスマスを
私の子供たちの上に祝福を
おまえたちの幸福を祈っている
――ホーエンハイム
Ende.
背景素材は季節の窓からお借りしました。