ミュンヘン 1923 (2) 旧版

「エドワード、エドワード、エド！」
　肩をゆすられて目を開ける。砂丘も青空もなく、そこにあるのは羽目板の壁。そして覗き込んでいるのは、夢の中の顔によく似た、けれど決して同じではない、金髪と碧い瞳のこちらの世界のアルフォンスの顔。
「ハイデリヒ？」
「なんだかひどくうなされていたから」
「……夢か……」

　右の義肢をベッドの上について、ぎこちなく身をこ起す。付け替えたばかりの義肢は、以前のものより動かしやすくなったとはいえ、機械鎧のように自由に動かせるわけではない。左肩に添えられたハイデリヒの手が、エドワードの身体を支える。
「アルフォンスって呼んでた」
　ハイデリヒはつぶやく。
「でも、僕のことじゃないんだよね」
　エドワードは答えず、見つめてくる碧い瞳から視線をそらす。そんなエドワードの頬をハイデリヒの指が撫でた。
「こんなに近くにいるのに……」
　それはさっきエドワードが夢の中でつぶやいたのと同じ言葉。おそらく、その言葉の底にある感情も同じ。
　だからエドワードは、ためらいがちに触れるハイデリヒの唇を黙って受け入れる。

――こんなに近くにいるのに。こんなに好きなのに……。

　エドワードにくちづけしながら、ハイデリヒは思う。

――くちづけても、抱きしめても……君の心は……遠い。

『僕は君のアルじゃない。僕は君の弟じゃない。でもそれで君のすべてが手に入るなら、身代わりだって構わない』
『そんなことをしたら、ハイデリヒ、おまえはそのうち俺を憎むようになるよ。誰かの身代わりなんて耐えられないんだよ、人間には……人間でないものであっても』

「僕じゃ……だめなの？」
　エドワードの身体を抱き寄せて、ハイデリヒはささやく。

　自分を抱きしめたまま動こうとしないハイデリヒの身体をエドワードはそっと押しやった。
「もう起きないと。今日はグレイシアさんを手伝う約束だろ」
　その言葉にハイデリヒは悲しげな笑顔で、エドワードから身を離した。

　部屋を出て行く長身の青年の背に向かって、エドワードはつぶやく。
「ごめん、ハイデリヒ」
　その想いが分かっていても、彼のことを「アル」とは呼べない。それは元の世界へと戻る意志を捨て去ることを意味するから。

「ごめん、アル。まだ……帰れない」

　1923年ミュンヘン。自分の世界へと戻る手立てはいまだ見つからず、今のエドワード・エルリックを支配するのは無力感だ。
　窓の外に見える空は初夏の明るさに満ちている。だが、エドワードの心は暗い。

(2005/05/07)

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「映画開始直前の五月病な鬱兄さん」といった感じ。ハイデリヒと出来上がって3ヵ月後か半年後ぐらい。蜜月過ぎて隙間風が吹きはじめてるみたいな。お友達関係からいきなりこんなところへ飛んでしまって、ハイデリヒ君には申し訳ない気持ちでいっぱいです。もうちょっと天国なところを書いてあげなきゃ可哀想よね。
これで、映画でエドワードがハイデリヒのことを「アル」と呼びまくりだったらどうしましょうという気もしますが、まあパラレルワールドな脳内ミュンヘンの話ということでご容赦を。

義肢つけたまま寝てるのかとか、パジャマ着てるのかとか、いろいろ考えてしまうわけですが……うーん……。

2005/05/27追記
劇場版アフレコ風景によりますと、ハイデリヒはエドを「エドワードさん」と呼び、エドはハイデリヒを「アルフォンス」と呼んでいるらしい。
あははは……。_|￣|○　まあ、パラレル設定ってことで。

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劇場版の設定にあわせた改訂版を書いたのですが、元に戻しました。
(2005/10/16)

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