横たわるハイデリヒの上にアルの手が差し出されている。
アルの手の上の赤い石にノーアの指が触れた。
沈んだ色をしていた石が明るく輝き始める。
エドワードが両手を打ち合わせ、ノーアの手に重ねた。
青白く輝く錬成光が赤い石を中心にして、周囲に広がった。
*
ハイデリヒがかすかに身じろぎした。胸がゆっくりと上下に動き出す。
エドワードが安堵の溜息をついた。
「これで大丈夫か……。あとは門を壊すだけか。いくぞ、アル」
「うん、兄さん」
だが、立ち上がった兄弟の後ろで、場違いにのんびりした声が響いた。
「おいおい、そんなことしたら帰れなくなるじゃないか」
振り返るエドワードたちの前に立っているのは、ボロボロの服をまとったホーエンハイムだった。
「よぉ、おまえアルか？ 大きくなったな？ 17歳にしちゃ、やけにちっちゃいな。エドに似たか？」
「親父！ あんたなんで!? 門を開くときに死んだんじゃなかったのか!?」
呆然としているエドワードに、澄ました顔でホーエンハイムは答える。
「おまえらが派手に生体錬成をやらかすもんだから、俺まで再生しちまったんじゃないか。丈夫すぎる身体ってのも考えものだよな。もう少しでトリシャのところに行けるはずだったのに」
最後の方はすっかり愚痴めいた口調だ。
「まだ石はあるんだよな」
「あ、うん。これだけ」
アルがポケットから一掴みの赤い石を取り出す。
「あのお嬢さんに活性化してもらえば、ロケットを直しても充分おつりがくるな」
「だけど門を壊さないと」
「そんなもんは、時限式の爆弾作ってロケットの発射後に壊せばいいんだ」
「そんなことできるのかよ」
「できるさ。俺を誰だと思ってるんだ」
親子のやり取りを目を丸くしてみていたハイデリヒがいきなり咳をした。
「アルフォンス！」
「悪い咳だな。エドワードの生体錬成じゃ傷は直せても内側までは無理だったか」
ホーエンハイムはつぶやく。
「おい、エドワード、そいつも向こうに連れてけ」
ハイデリヒに駆け寄ったエドワードにホーエンハイムが言った。
「何言ってるんだ。アルフォンスはこちら側の人間なんだぞ」
「でも、そのままこっちにいると、そいつ死ぬぞ」
衝撃を受けているエドワードを無視して、ホーエンハイムはあっさりと続ける。
「向こうなら、生体錬成で助かる可能性があるからなぁ。そいつには恩あるし」
「勝手に決めるな、クソ親父！」
「僕は行ってみたいよ、エドワードさん」
ハイデリヒが静かに言う。
「向こうへいったら、もう戻れないんだぞ。おまえの家族や友達や……」
「あなたがいなきゃ僕はもう死んでた。だったら、自分で造ったロケットに乗ってみたい。あなたと一緒に……あなたの……世界を見たい」
仕方がないというようにエドワードが溜息をついた。
「わかったよ」
それから、黙って立ちつくしているノーアに向かって言う。
「あんたも来るか？ いっとくけど、向こうは楽園じゃないぜ」
「それではお嬢さん、これを持っていてもらえるかな」
ホーエンハイムがノーアの手の平に赤い石を一掴み乗せると、石の輝きがあたり一面を照らし出した。ホーエンハイムは、いまだにあっけにとられているヒューズたちに向かって言った。
「悪いな、部外者は立ち入り禁止だ」
両手を打ち鳴らすと、床から鉄の壁がせり上がり、入り口を閉ざした。
ホーエンハイムがエドワードたちを振り返る。
「さて、向こう側の門が閉じないうちに、ロケットを直すとするか。エドワード、アルフォンス、手伝え」
「あ、うん」
「勝手に仕切るな、クソ親父！」
*
ロケットの修復と門の破壊の準備が整った頃、ホーエンハイムがひどく言いにくそうに切り出した。
「実はもう一人乗せたいんだが……。連れてくるから、ちょっと待っていてもらえるか」
そういってホーエンハイムは柱の陰へと姿を消した。
「もう一人？」
不審な顔のエドワードたちの前に現れたホーエンハイムの腕には赤ん坊が抱かれていた。
「なんだ、その赤ん坊は……」
「ああ、いや、実はおまえ達の兄弟……のような……」
ホーエンハイムの返事は歯切れが悪い。
「父さん、もしかして、ボクらの弟？」
「隠し子か!? いつの間に！」
「いや、弟というよりはむしろ兄というか……」
その一言でエドワードは赤ん坊の正体に思い当たる。
「って、まさか、エンヴィか!?」
「いやまあ、実はそうなんだな。おまえたちの生体錬成の影響なのか、どういうわけか、こんな姿に……。こいつも連れて行きたいんだが……」
「冗談いうな。オレはこいつに一度殺されてるんだぞ。アルがオレを錬成しようとしたのも、オレがこっちに飛ばされたのも元はといえばこいつが」
「やっぱりだめか……そうだよなぁ……」
しょんぽりしたホーエンハイムの腕の中で赤ん坊は無邪気そうに笑っている。
「当たり前だ！ だいたいそいつは――」
「兄さん」
さらに言い募ろうとするエドワードをアルフォンスが押しとどめた。
「連れていこうよ」
「だけどアル……」
「赤ちゃんなんだよ。ここに残していったら死んじゃうかもしれないし、もしかしたら父さんだって残るとか言い出しかねないよ。連れていこう」
黙ってしまったエドワードに、アルフォンスがにっこりと微笑みながら駄目押しの一言を発した。
「ね、兄さん」
エドワードがそっぽを向いて答えた。
「……勝手にしろ。オレは面倒なんてみないからな」
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