夢の中で声を聞いた。
「エドワード、彼に会っていかないのか？ もうすぐ目を覚ますはずだ」
「いや、いい。いまは、どんな顔して会ったらいいのか、わかんないから……」
――ああ、これはあの人の声だ……。どうしてあの人がここにいるのかな……。
――あなたは……帰ったはずなのに。
「兄さん、本当にいいの？」
――きっとこれは、あの人の弟だ。弟さんに……会えたんだね。
「なら、戻ったらまた様子を見にくればいい。その頃には彼の容態も落ち着いているだろうから」
*
静かな暗い病室で、僕は浅い眠りから目覚めた。カーテンの向こうの空はまだ暗い。僕はもう一度目を瞑り、昼間の出来事を思い返した。
*
目覚めたときに僕の傍らにいた中年の紳士は、エドワードさんの父親だと名乗った。
ロケットが発射されたときに撃たれた僕をこの病院に運んだのだといった。あれから、もう何日も経ったのだという。
「ロケットは？」
「君のロケットはエドワードを門の向こう側に運び……そして戻ってきた」
「戻ってきた？」
「そう、エドワードとアルフォンスと……エッカルトを乗せて」
「どうして……」
「門を壊すためだそうだ。そんなことは私に任せておけと、一言伝えられたらよかったのだがね。全く無茶をする」
そういってエドワードさんによく似た金色の瞳の人は苦く笑った。
「協会や当局からの目を逸らすために、君は死んだことになっている。君の身を守るためとはいえ、葬式まで出すことになってしまって、本当に申し訳ない。息子たちが葬儀に参列したよ。君のご両親の嘆きが辛かったといっていた。できるなら、君の無事をご両親に知らせたいのだが、今すぐというわけには……」
「いいんです」
僕は彼の言葉を遮った。ひどく皮肉な顔をしていたかもしれない。
「どのみち僕の体は長くは持たない」
「誰がそんなことをいったのかね？」
「医者が」
「その医者を君に紹介したのは誰だね？」
「それは……ヘス……さんが……」
「やはりね」
ホーエンハイムさんが溜息をつく。
「奴らのお得意のやり方だ。人の弱みを巧みについて自分たちの手の内に引き込む。もっとも、私も偉そうなことはいえないが」
ホーエンハイムさんは、また苦い笑いを漏らす。
「君は病弱であることを気にしていたから、そこを奴らに狙われた。君の病気のことはエドワードからも聞いたが、ここの医者の見立てでは、直る見込みがないわけじゃない」
「……そんな……」
絶句する僕に、彼は静かにいった。
「ここでゆっくり傷と病気を治すといい」
*
僕は薄暗い天井をぼんやりと眺める。
感じるのは喜びよりも当惑の気持ちだ。
僕にはもう時間がないと思っていた。
だから何かを残したくて、遮二無二働いてきたけれど、僕のやってきたことは結局何だったのだろう。
『奴らは戦争をたくらんでいる。オレが元いた世界に……』
あの人の言葉にも耳を貸さず。
僕のロケットはあの人の世界に何をもたらしたのだろう。
暴力か？ 死か？
そう、僕は自分がいなくなった後のことなど、少しも考えてはいなかったよ。僕のしたことがどんな結果を生むのかということも。
――ねぇ、エドワードさん、僕はなんて傲慢だったんだろうね。
夜明け前の病室で、僕は自分の罪の重さを噛み締めた。
*
そのとき。
窓辺で小さな音がした。
明るくなりはじめた窓に映るのは鳥のシルエット。
そして、はばたきの音を残し鳥は空へと飛び立った。
それは、天使の羽音と、あのとき見た僕のロケットを思い起こさせた。
*
そうだ。
僕は飛びたかった。
空へ。宇宙へ。もっと遠くへ。
僕のロケットが飛ぶのを見たかった。
僕は……もっと生きていたかった。
*
僕の罪は重くて。
そのことに気づいてしまった僕の前に再び差し出された生は……苦い。
でも――。
それが許されるのなら――。
――神さま、僕はもう少し生きていてもいいですか。
2006/11/09
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ハイデリヒが生きている理由と病院でぐるぐるしている様子を書きたかったのですが、上手くまとめられませんでした。後半、へんなポエムだし。
すみません、すみません。でもこれ書かないと自分の中でケリがつかないので。
積み残したネタの消化は次の「Overture」で。