ホーエンハイムさんは僕の病室を訪ねては、話をしていく。
話にはついていけない部分もあったけれど、まだ満足に動くこともできず、他に見舞い客が来るあてもない僕には、彼の訪問はとてもありがたかった。
あのロケット発射の日、ホーエンハイムさんは門を開いてエドワードさんを送り返した後、自分は死んだことにしてトゥーレ協会から逃げ出し、「錬金術」やらなにやらの後始末をするつもりだったらしい。
「そのために仕掛けもしたのだがね……あれは少しやりすぎた」
と、ホーエンハイムさんは笑った。
「グラン・ギニョールじゃないんだから、あの血の量は多すぎだ」
それから遠くを見る眼をして呟いた。
「エンヴィーとふたりで考えたんだ。あれも……ときおり正気にかえることがあってね。話し合う時間はたっぷりあったからね。結局……救ってやることはできなかったが」
エンヴィーというのが誰なのかは分からなかったが、訊ねるのもためらわれて僕はただ黙って話を聞いていた。
ホーエンハイムさんは博識だった。
会話をしているうちに、ハウスホーファーさんの理論やロケットに加えられた改良のいくつかは、ホーエンハイムさんのアイデアを元にしていることを知った。
そういえば、エドワードさんの義肢もホーエンハイムさんが作ったものだったはずだ。
こちらの世界に戻ってきたというエドワードさんは、一度も姿を見せなかった。
「エドワードとアルフォンスは、今、インスブルックにいる」
ホーエンハイムさんはいった。
アルフォンスというのは、エドワードさんの弟の名だ。エドワードさんが誰よりも会いたがっていた僕と同じ名前の人。
ふいに胸の奥に小さな焼けつくような塊の存在を感じた。
思わず胸を押さえた僕にホーエンハイムさんが尋ねる。
「痛むのかね？」
「いえ、大丈夫です」
僕は答えた。痛いのは心なのだから――そのうち慣れる。
部屋の中に沈黙が降りた。
ホーエンハイムさんが口を開く。
「傷が癒えたらどうするね？」
「わかりません」
僕は答えた。
まだ、先のことなど考えられない。
兵器として使われるに違いないロケットの研究を続けていいものなのかどうか。
それに僕は一度死んだ人間なのだ。両親のところにも仲間のところにも帰れない。
僕がそのまま黙っていると、ホーエンハイムさんは窓の外へと目をやった。薄日の射す冬の空が広がっていた。その空を見ながら、ホーエンハイムさんはいった。
「今は静かだが、やがてヨーロッパは大きな嵐に巻き込まれるだろう。ヨーロッパだけではなく世界が……」
「それは？」
「私たちがこの世界に持ち込んだものが、さらなる悲劇を生むかもしれない。――それを防ぎたくてね。私たちに出来るだけのことはしようと思う。だから、エドワードとアルフォンスはウラニウム爆弾の情報を追っている。私も情報を集め、協力者を募ろうと思っている」
「世界平和のための組織でも作るつもりですか」
半ば冗談めかしていった言葉に対して、まじめな声で答えが返ってきた。
「いささか大げさだが、まあ、そういうことになるね」
「まるで……冒険小説の中の出来事みたいだ」
「まったくだね」
だが、異世界へロケットで侵攻する計画すら実現したのだ。あり得ないことではない。
「興味深いお話ですね」
僕がそういうと、ホーエンハイムさんは、眼鏡の奥の金色の瞳でじっと僕を見つめ、やがていった。
「一緒にくるかね？」
「はい」
僕は答えた。
(2006/11/11)
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というわけで、ハイデリヒはエルリック一家と一緒に世界平和のための活動に従事することになるのです。ホーエンハイムがトゥーレ協会の資金をガメてきたので、お金はいっぱいある……ということにしておいてください。
あー、ホーリヒではありません。ありませんったら、ありません。