地割れ跡から上がっている煙は確かにリンの狼煙だとランファンはいった。だが、現場に駆けつけて地下に呼びかけてみても返事はない。
「場所を移動したのかな。ともかく下へ降りてみよう。縄梯子を錬成するからちょっと下がって」
「あ、ああ」
ランファンは不安げに自分の頬を触っている。
「どうしたの？」
「な、なんでもなイ」
そういいながらもランファンはしきりに黒装束の襟元をひっぱりあげる。
「ああ、そうか」
アルフォンスは両手を打ち合わせた。その手元に小さな錬成光が現れた。
「はい、これ。確かこんな模様だったよね」
ランファンに手渡したのは、エドワードに壊されたものとよく似た仮面だった。
「こういうときはやっぱり慣れた装備のがいいよね。それに女の子が顔に怪我したら大変だものね」
にっこり笑いかけるアルフォンスの手からランファンは無言で仮面をひったくって顔に当てたが、その耳たぶは赤く染まっていた。
縄梯子で地下へ降りたふたりは、焚き火跡と壊れた煙突を見つけた。
「やっぱり兄さんたちはここに居たんだ。でもどこへ」
周囲を見回していたランファンがいきなり走りだした。
「こっちダ」
通路のひとつへ飛び込む。アルフォンスも後を追う。
分かれ道にきてもランファンは一瞬立ち止まるだけで、すぐに道を選ぶ。躊躇はない。
突然、開けた場所へと出た。
地下の空間に鉢形にすっぽりと押し込められた四百年前の都市。そのぐるりを囲む崩れかけた城郭の下にアルフォンスたちはいた。
そして、その城郭の上を駆けてくるのは――。
「兄さん！」
『若！』
走るふたりの後を追うのは巨大な白蛇。ふたりの前の足場は崩れ落ちている。飛び降りるには高すぎる。
アルフォンスたちの姿を認めたのか、エドワードの右手が上がった。その右手が斜めに振られた。
「了解！」
アルフォンスは打ち合わせた両手を地面につける。青白い錬成光の中で錬成されたスロープが城郭の崩れた部分へ向かって伸びていく。エドワードのいる側からも。
上下から伸びたスロープは、ちょうど真中でぴたりと合わさった。
そのスロープをエドワードとリンが駆け下りる。大蛇もまた。
「回り込メ！ 俺が引き付けル！」
リンが叫んだ。さらにランファンに向かって叫ぶ。
『ランファン、急所は眉間だ。やれるか？』
『御意！』
一言答えてランファンが大蛇に向かって走る。
「おい、ひとりで大丈夫なのか」
エドワードが叫ぶ。
「彼女なら大丈夫。。僕らも手伝おう。網！」
「よっしゃ」
――ランファンは絶対にしくじらない。だって大切な若様が囮役なんだからね。
そう呟いたアルフォンスの手元から錬成された網が大蛇へと向かう。
エドワードが錬成した網も反対側から蛇の頭部に絡まる。
ランファンが跳んだ。
大蛇の背にクナイを打ち付けてしがみつく。
そのまま蛇の頭部へとよじ登る。
「これを使え！」
エドワードが錬成した槍ををランファンに投げ渡す。
仮面で表情は見えないが、受け取ったランファンはかすかに頷いたようだった。
ランファンが、構えた槍を蛇の眉間に振り下ろした。
もたげた蛇の頭が音を立てて地面に落ちた。
背景素材は篝火幻燈からお借りしました。