パーティ会場の華やかさにランファンは気圧されたらしい。それはアルフォンスも一緒だが、それを表に出すわけにはいかなかった。
「君はもう少し周りをキョロキョロしていても構わないよ。ついでに気になるものがないかチェックしておいてくれるとありがたい」
黒の正装を着込んだアルフォンスはドレス姿のランファンに囁いた。
「君の役はシンからやってきた世間知らずのお嬢さんだからね」
ちなみに今回のアルフォンスの役どころは初心な娘をたらしこもうとしている金持ちのボンボンで、興味本位で密輸品の媚薬にまで手をだそうとしているという設定だ。憲兵隊が踏み込んできた時には、その支援に回る。
シナリオを書いたのはロイ・マスタング。「顔が知られていなければ、自分で演じたいぐらいなんだが」といったのは半ば本気だったのかもしれないが、アルフォンス（とランファン）にしてみれば全く迷惑なシナリオだった。
さりげなく周囲を見回す。
客の中にはアルフォンスのほかにも軍の者が混じっているはずだが、容易には見分けがつかなかった。
やがてアルフォンスは目指す相手を見つけた。パーティ会場のそこここに控えた給仕の中でタイの色が違う男。飲み物の入ったトレーを手に壁際に控えている。
アルフォンスは給仕に近づいてトレーからグラスを取ると、素早く相手の手の中に畳んだ紙幣を押し込んだ。
「盛況だね」
アルフォンスが口を開く。
「おかげさまで」
慇懃に給仕が答える。
「今日のオークションには珍しいものも出るみたいだね」
アルフォンスは続けた。
「ボクの連れのお嬢さんはなんともお堅くてね。ボクとしては、せっかくのパーティなのだから、ふたりで楽しみたいのだけどね。君、何か面白いことを知らないかい？」
ランファンのほうを目で指し、意味ありげに笑ってみせると、給仕が懐から一枚のカードを取り出してアルフォンスに渡した。
「八時より緑の扉の部屋で特別なオークションがございます。案内の者に『楽園の扉を探しにきた』とお申し付けください」
アルフォンスは、ランファンの傍へ戻って、カードを見せる。
「首尾は上々。『楽園への鍵』を手に入れた。なんとも甘いものんだね。全然警戒してない。完全に舐められているんだな」
そのとき、周囲の客の間にかすかなざわめきが広がった。
振り返ったランファンが驚いたようにつぶやいた。
「あれは……」
サングラスで瞳を隠してはいるが、黒の正装に長い金髪をなびかせて歩いてくる小柄な姿は間違いなくアルフォンスの兄だった。連れ立っているのはこれも長髪を背に流して黒いスーツを着たリン・ヤオだ。このパーティの中では、長髪の年若い男の二人連れは目立つ。
しかも二人の装いは通常のドレスコードからはいささか逸脱していた。紫の宝石のカフスに薄紫のポケットチーフと蘭の花。見るものが見れば分かるその意匠の意味するものは……。
――あんのぉ、ロイ･マスタングのクソ野郎！
のど元まで出かかった、常のアルフォンスなら決して口にしない罵倒語を歯を食いしばって呑み込む。
――ボクの大事な兄さんを、よりによって高級男娼に仕立てあげるなんてっ！
昨日、『君たちに似合う役を用意しよう』とマスタングが笑っていた理由がようやく分かった。
裏であやしげな品を売買するのが公然の秘密になっているパーティならば、娼婦や男娼のひとりやふたり紛れ込んでいてもおかしくはあるまい。兄はあの通りの容姿だし、生意気な態度は「高級品」にはむしろふさわしい。リン・ヤオのほうも異国産の毛色の変わった「商品」として通用するだろう。
大胆にも程があるが、下手に忍び込むよりもずっと確実な方法だったようで、エドワードとリンは誰にも咎められぬまま、奥の部屋へと消えていった。
――これで兄さんに何かあったら、絶対に許さないからね、准将！
ギリリと歯噛みするアルフォンスが冷静さを取り戻したのは、自分が発する以上の殺気を隣のランファンから感じたからだ。
「無礼者メ……」
ランファンの殺気は、シンの国の青年の肌のきめの細かさについてのあけすけな感想を口にしている中年の男に向けられていた。
「ランファン、ランファン、気持ちはわかるけれど落ち着いて。今は任務中だ」
アルフォンスが慌ててランファンの耳元で囁いた。
「これが終わったらいくらでも暴れていいから」
どうせなら最初に血祭りにあげるのはロイ・マスタングにして欲しいと思いながら。
背景素材は篝火幻燈からお借りしました。