ランファンは不愉快だった。
あのエドワード・エルリックという青年がランファンのいるべき場所にいるのが気に入らない。彼女の主君に馴れ馴れしい口をきくのが気に入らない。皇子があの青年に気を許している風なのが気に入らない。
『おまえなど、その上司の男の色小姓でもやっているのがお似合いのくせに』
ドアが閉まる一瞬に肩越しにエドワードを睨みつけ、ランファンは自国語で呟いた。八つ当たりだというのは分かっていたが。
次の瞬間、すぐ近くで冷たい殺気が生じた。ランファンは思わず武器に手をやる。凍りつくような殺気は隣に立っている金髪で長身の青年から発せられていた。
アルフォンスはいつものように唇に笑みを浮かべてはいるが、その金色の瞳は今は笑ってはいない。
「ボクはシンの言葉もわかるんだ。今のは……撤回して欲しいな」
穏やかすぎる口調がかえって不気味だ。
「……ワルカッタ」
ランファンが謝罪の言葉をつぶやくと、とたんに凍りつくような雰囲気は霧散した。
「じゃ、行こうか」
にこやかに言うアルフォンスに先ほどの影は微塵もない。だがランファンはこの男が決して見かけどおりの明るく温和な青年ではないことを理解した。
前を行くアルフォンスの背にランファンは問い掛ける。
「あの男は……おまえの兄なのだナ？」
「そうだよ」
「実の兄カ？」
「そうだよ」
「義兄弟とかではなくテ？」
ぴたりとアルフォンスの足が止まった。
「どうしてそう思うわけ？」
アルフォンスが振り返って尋ねる。
「どうしてっテ……なんとなク……」
ランファンの頬に血が上る。
さっきの態度があまりに不自然で――。
あれは単に兄を侮辱されたことに対する怒りというよりはむしろ別の感情に似ていて――。
そういえば国でもこんなことがあったと、つい気になって口に出してしまったが――。
口に出さねば良かったとランファンは後悔した。
「まいったな。結構鋭いね。君が考えていることは多分当たっているけれど、あんまり公言しないで欲しいな」
まっすぐ目をみつめられていわれ、ランファンは思わず頷く。
「――ところで君、兄さんに嫉妬したでしょ、さっき」
いきなり逆襲されて、ランファンは狼狽する。
「わ、わ、わたしは別に、そ、そ、そんナ」
クスリと笑ってアルフォンスは続けた。
「ボクも、さっきは少しイラッとした」
背景素材は篝火幻燈からお借りしました。