シンの品を商うという店は裏通りにあった。狭い間口の店先にはシンの文字とアメストリス語が併記された看板が掲げられ、シンの色鮮やかな雑貨や食料品などが並べられている。
店の近くまで来るとリンはエドワードにささやいた。
「エド、あの店の奥に入っていって『シンの龍玉を見せてくれ』といエ。店の者が『龍玉といってもいろいろございますが、どのような品をお望みで』といったら、『皇子に相応しいような極上の品を』と答えロ」
「合言葉か？」
「そうダ」
「どうして自分で行かない？」
「俺の顔を知っている者がいるかもしれなイ。騒がれるのは困ル」
「なるほど。で、そう答えたら、あとはどうする？」
「君は相手のいうとおりにすればいイ。あとのことは俺に任せロ」
「大丈夫かよ。まあいい、行くぜ」
店の中は異国風の香りがした。香を焚いているらしい。間口に比べると店内は広く、入口に近いところには乾物などの食料品が置かれ、壁際にはシンの衣装や置物が飾られている。
エドワードは奥のカウンターで店番をしていた黒髪の若い男にいった。
「あー、シンの龍玉を見せて欲しいんだが」
男は一瞬ぎくりとした様子で顔をあげ、それからにこやかに答えた。
「龍玉といってもいろいろございますが、どのような品をお望みでございますカ」
「そうだな、あー、皇子に相応しいような極上の品がいいな」
「かしこまりましタ。それではこちらヘ」
店員はエドワードを奥の部屋へと導く。エドワードはちらりと店の入口へと目をやったが、リンの姿は既になかった。
奥の部屋でエドワードを待っていたのは口ひげをたくわえた白髪の老人だった。老人とはいえ、背筋はぴんと伸び、眼光は鋭い。
「皇子に相応しいような極上の龍玉をご所望なのは、お客様ですかな？」
「……そうだ」
そう答えると同時に、後ろに立った店員がエドワードの首筋にナイフを突きつけた。
白髪の老人が口を開く。
「残念だったなネズミ。その合言葉は三ヶ月前のものだ。それをどこで手に入れた？」
「知らねぇな。オレはただ頼まれただけだ」
「誰に頼まれた」
「糸目のシン国人」
「そいつは今どこにいる」
「知らね――」
エドワードの答えにかぶさって別の声が響いた。
「はーい、ここにいるヨ！」
その声に反応して隙のできた店員にエドワードは肘打ちを食らわせ、ナイフを叩き落した。声のした方を見れば、部屋の入口でリン・ヤオがいつものように陽気な笑顔を浮かべて立っていた。
「リン、てめーいい加減な情報を流しやがって！ もうちょっとで首掻っ切られるとこだったじゃねぇか」
「いやぁ、悪い悪イ。古い情報だってのは、分かってたんだけどネ」
「てめー、しゃあしゃあと。やい、ジジイ、頼んだのはコイツだからな。ちょん切るならこいつの首にしろ！」
そう叫んで振り返ると、老人は床の上で蛙のように這いつくばって頭を下げている。
「若の使いとも知らずご無礼ヲ」
「大丈夫、エドは許してくれるヨ」
「おい、勝手に決めるな」
『しかしリン様ご自身がこのような場所にお立ち寄りになるとは。ハンはいかが致しましたか？ 新しい合言葉はあの者がお伝えするはずでは……』
『ハンは死んだよ。合言葉を伝える前に』
シンの言葉で話すリンの目は鋭い。
『話せ、フー。この街で何が起きていることを』
背景素材は篝火幻燈からお借りしました。