「これからどうするのカ？」
自動車が行き交うセントラルの大通りを見回してランファンがいった。昨日の黒装束の代わりに官給品の黒シャツを着ている。本人は着替えるのを嫌がったが、そのままでは目立つと説得されたのだ。
「捜査のための下準備。リンさんとは別に准将も情報をつかんでいて、何か作戦があるらしい。その備品は軍部内じゃ用意できないから、取りに行けって。そんなに遠くじゃないから」
アルフォンスが答える。こちらもまた目立たぬように私服姿た。
ランファンが通りの一角を指差していった。
「あれは何をしているのダ？」
道路の一部に穴が掘られ、その周囲には立ち入り禁止の黄色いロープが張り巡らされている。黒い制服の憲兵が見張りをしている中、青い制服の軍人が穴へと降りていく。
「ああ、陥没した道路を錬金術で修復をしているんだ。セントラルの地下には古い街が層になって埋まっている。古い町の上に新しい町が乗っているというべきかな。でも四年前に大きな地震があって、それ以来あちこち陥没して地下の古い街とつながったりするようになったんだ」
その四年前の地震が起こるきっかけとなったのは、エドワードとアルフォンスが現在の姿に戻るために行った錬金術だったのだが、そのことは口に出さず、アルフォンスは続けた。
「修復はボクのいる三課の管轄でね、ボクもしょっちゅう工事をさせられている」
「軍人なのにカ？」
「第二憲兵司令部は特別なんだよ。ブラッドレイ大総統失踪後の軍部改革のときに、マスタング准将をはじめとする国家錬金術師を隔離するために作られた部署だから」
「『国家錬金術師』？ おまえもそうなのカ？」
「ボクは違うけど、兄さんはそうだよ。制度が廃止されたから今は『元・国家錬金術師』だけど。『鋼の錬金術師』って呼ばれていてこの国では割と有名だったんだ」
「あの男は有能なのカ？ あれでリン様の護衛が務まるのカ？」
アルフォンスを挑戦的に睨みながら、ランファンがいう。
「ええと、結構有能だと思うよ」
「リン様の護衛は私の役目だったのダ。それをあんな……」
悔しそうにつぶやくランファンを見て、アルフォンスは彼女がずっと不機嫌だった理由を理解した。要するにリン・ヤオと離されたことが不満なのだ。
「大丈夫だよ。兄さ……エルリック少佐は腕は確かだし、多少ケンカ早くてウカツなところはあるけど、そこは落ち着いたリンさんがいれば……」
だがアルフォンスのフォローはランファンの疑いのまなざしに跳ね返された。
アルフォンスは通りの外れのこぢんまりとした店の前で足を止めた。飾り窓に華やかな女物の服が飾ってある。
「ああ、ここだ」
手元のメモと店の看板を見比べながらアルフォンスはいう。
「なんだ、ここハ？」
「仕立て屋だよ。パーティ用のドレスを選ぶんだよ。その格好じゃパーティは無理だからね。あ、経費で落ちるから、安心して好きな服を選んでね」
三十分後、疲労困憊しきった店員とドレスを着せられ真っ赤な顔をしたランファンがアルフォンスの前に現れた。
「私どもはこちらが一番お似合いだと申し上げているのですが、その、お嬢様が――」
「わ、私はこんなもの着なイ！」
「ドレス着てないとちゃんと仕事にならないよ」
「だ、だったら、あっちの黒いのでいイ！」
「……あれは喪服でございますが……」
「シックすぎるとかえって目立っちゃうんだけどねぇ。まあ、当人がそういうのなら……」
ここでアルフォンスは大げさに溜息をついた。
「残念だねぇ。その服すっごく似合っているのに。リンさんにも見せてあげたかったのに」
ピクンとランファンが反応した。
「――し、仕事なら仕方なイ。黒いのが目立つというのなら、これでいイ」
「ではこれに決まりだね」
アルフォンスは笑いをかみ殺した顔で店員に向かってうなずいた。
背景素材は篝火幻燈からお借りしました。