「准将にはあんたの指示に従えといわれてんだが、どうすりゃいいんんだ、皇子サマ？」
翌日、リン・ヤオと合流したエドワードは尋ねた。目立たぬように捜査を行うという方針なので、今日も私服だ。
「リンでいいヨ、エルリック少佐」
「ならオレもエドでいい」
「じゃあエド、シン国料理を食べに行こウ。この街にもシン国料理を出す店がいくつかあるんだろウ？」
「はぁ？」
唖然としているエドワードを尻目にリンは憲兵から料理屋の場所をいくつか聞き出し、そのうちの一軒へと向かった。エドワードも仕方なくついていく。
「あんたさ、本気で仕事する気あんの？ オレは捜査のためにあんたと組んでいるんであって、観光のお供のためにいるわけじゃないんだぜ」
「まあまあ、腹が減っては戦はできなイ。すべては料理を食べてからダ。国を出てから故郷の料理を口にしてないんダ」
相変わらずのへらへらした調子でリンは答える。
「へいへい、分かりましたよ、お供しますよ。それより事件について教えてくれないか。オレはまだちゃんと話をきいていない。盗まれた秘蔵の宝物ってのは、いったい何なんだ？」
エドワードが尋ねる。
「外交上の機密事項ダ」
「……ああ、そうかい」
「と、いいたいところだけど、教えるヨ。精力剤ネ」
「は？」
「シンの宮廷御用達のすんごい薬ネ。男が飲めば精力絶倫、おかげで今の皇帝の子供は四十人以上いるネ。女に飲ませれば、どんなにお堅い姫でもイチコロネ」
「……はあ、さいで」
「盗まれたのは正確には精力剤の原料だネ。ヤオ族にしか飼育できない毒ヘビの一種ダ。エサも飼育方法も特殊だから、国外に持ち出せば死んでしまうはずだっタ」
「持ち出した奴がいるわけか」
「そウ。錬金術で他の生き物と掛け合わせて、生きたまま連れ出したらしいイ」
「合成獣か。確かに錬金術がらみの品だな。で、回収っていうが、もう死んでたりしたらどうすんだ？」
「それでも回収すル。皇帝への献上品だからナ。もともと薬の材料だから、死体でも捨てるはずはなイ。どんな形であれ取り戻さねば、収まりがつかなイ」
リンの説明によれば、盗まれたヘビを薬にするには特殊な知識が必要なのだという。つまりその知識を持つ者を辿れば、手がかりが得られるかもしれないということだ。
「それにしても皇子サマ自ら出張ってくるとは、シンはそんなに人手不足なのか？」
「あれが盗まれたときに部下がふたり死んダ。大事な手ごまをこれ以上減らすわけにはいかなイ」
リンがいつになく真剣な調子でいった。
「シンは五十からの少数部族が集まっている国家ダ。水面下での部族間の勢力争いは激しイ。あれが戻らなければ、ヤオ族の面子が立たなイ。ましてやあれが原因でこの国とシンとの間で問題が起きれば、ヤオ族は潰されル。なりふりかまっちゃいられないのサ」
そこまでいってから、リンは急にいつもの軽い調子を取り戻して付け加えた。
「なんちゃって、本当は見聞をひろめるためと息抜きも兼ねているんだけどナ。ほら、皇子ってのはキュークツだかラ」
シン国料理屋に着くとリンは片っ端から料理を注文しては平らげた。確かに息抜きも兼ねていたらしい。
「あ、俺この国の通貨はもってないから、支払いよろしク！」
「って、待て」
挙句の果てには店の給仕の娘をつかまえて世間話まで始めた。
「あら、お客さン、本国から着なすったんですカ？」
給仕の娘がいう。
「うん、仕事でね、ついこの間着いたばかりサ。この店のピータン入り麺うまいネ。本場のものに負けないヨ。ピータンもここで作っているのカ？」
「いいえ、フーさんのお店から仕入れてるんですヨ。シンの物を輸入しているお店なんでス」
「ふぅん、宿で待ってる連れの土産にしたいから、その店教えてヨ。この店にもまた来るからネ。次もよろしくネ」
――やっぱり物見遊山で、ついでにナンパかよ。
エドワードはこっそりと毒づいた。
「ではエド、いこうカ」
リンが立ち上がる。
「へいへい、次は土産物屋かよ」
「そう、ピータンから情報まで幅広く取り扱っている男のところサ」
ニヤリと笑ってリンは答えた。
背景素材は篝火幻燈からお借りしました。