「列車乗っ取り事件の解決、ご苦労だった。もっとも実際に解決したのは君たちではないようだが」
セントラルの第二憲兵司令部の執務室で、ロイ・マスタング准将がいった。
彼の前に立つのは、エドワードとアルフォンス、それにあの列車に乗っていた黒髪の男と黒装束の女だった。
「私としてはもう少し目立たないやり方で、出迎えるつもりだったんだが……まあ、鋼のを迎えにやった時点で地味にというのは無理だったんだな」
後半の厭味たらしい口調にエドワードの眉間に皺が寄る。
マスタングは黒髪の男と黒装束の女の方へ向き直ると、右手を差し出していった。
「第二憲兵司令部のロイ・マスタング准将だ。リン・ヤオ……捜査官とランファン捜査官、列車乗っ取り事件の解決協力に感謝する」
そもそもエドワードたちが呼び出されたのは、シンからやってきたという捜査官の出迎えのためだった。
それが駅に着いてみれば列車は野盗の一味に乗っ取られており、人質救出に向かってみれば、知らぬこととはいえ当の捜査官と闘う羽目になり、挙句に犯人は人質になったはずのリン・ヤオに既に捕らえられていた。まったくなんとも締まらない話だ。
「我々が意図したことではないが、とんだ『歓迎』になってしまって申し訳ない」
相手が異国の人間だからなのだろうか、今日のマスタングは妙に腰が低い。
「こういうことはよくあるからね、慣れてるヨ」
黒髪の青年、リン・ヤオはにこやかに答えたが、ランファンは不機嫌そうにつぶやく。
「まったく物騒な国ダ。敵と味方の区別もつかないとハ」
彼女は仮面を壊されたのが気に入らなかったらしく、司令部へ来る車の中でも、「面を返せ」といい続けていた。
エドワードが錬金術で修復した面は、独自のセンスでアレンジが施されていたせいで、さらに彼女の怒りを掻き立てしまったようだ。
「そ、そりゃ確かに犯人と間違えたのは悪かったが、仕方ないだろ、あの情況で妙な格好した奴と出っくわしたら、誰だって怪しいと思うって」
「怪しいのはおまえも一緒ダ。軍服も着てないくせニ」
ランファンの視線は冷たい。
「オレが私服なのは、非番なのにあんたらのせいで引っ張りだされたからだつーの」
「兄さん、何をいっても、僕たちのほうが歩が悪いから。間違えたのも駆けつけるのが遅かったのも事実なんだし」
険悪なムードになりそうなところを、アルフォンスが割って入った。
「さて、話がついたところで、本題に入るとしよう」
事態が収まったとみるや、それまで傍観者を決め込んでいたロイ・マスタングが口を開いた。
「今回の任務はシン国からの密輸品の摘発と回収だ。リン・ヤオ捜査官たちと協力して捜査にあたる」
「でも密輸品の摘発は、オレたちじゃなくて、第一憲兵司令部の仕事だろ？ いつも第二はでしゃばるな、手を出すなといってくる連中がなんだって今回に限ってこっちに仕事を振ってくるんだ？」
エドワードが釈然としないという顔で尋ねる。
「表向きはその密輸品が錬金術にかかわるものだから――ということになっている。錬金術がらみの犯罪防止はうちの管轄だからな」
マスタングが答えた。
「本当のところはその密輸品がシンの皇室から盗まれたものだからだ。ことが公に広まれば外交問題に発展しかねない。第一はおおっぴらには動けない」
「で、はみ出し第二の出番というわけか」
「しかもシンから密輸品の回収のために派遣されてきた特使はシンの皇族だ。結局、要人警護を専門とする第二が適任だという話になったらしい」
ロイ・マスタングがリン・ヤオのほうに顔を向けた。室内にいたもの全員の視線がリンに注がれる。
「改めて紹介しよう。現シン国皇帝の第十二皇子、リン・ヤオ殿下だ」
「加えてヤオ族の次代族長だ。でも、ま、そんなに堅苦しくしなくてもいいかラ」
相変わらず陽気に笑って、リン・ヤオはいった。
――皇子？ あの人が？
――オレたちはその皇子サマを護衛しつつ、密輸品を取り返すと……。
――それって……。
兄弟は顔を見合わせた。
――要するに厄介ごとを押し付けられたってことじゃねーの？
――だよね。
声には出さず、唇の動きだけで会話する。
「鋼の、何かいいたいことがあるのかね？」
「いや別に」
ロイ・マスタングの問いに、エドワードは肩をすくめ視線を逸らして答える。
「そういうわけで、君たちふたりにはリン・ヤオ捜査官のこの国での捜査のサポートに回ってもらう。とはいえ大人数で動くのは目立つから、ここは二人づつ組んで――」
エドワードとランファンの目が合った。
「いっとくがオレはこいつとは組まねーからな」
エドワードがランファンを睨みつけていえば、
「当然ダ。こちらこそ断ル！」
ランファンも負けじといい返す。
マスタングはうんざりした顔で片手を挙げて二人を制すと、リンの方を向いて尋ねた。
「聞いての通りだ。必然的に君とエドワード・エルリック少佐、ランファン捜査官とアルフォンス・エルリック少尉が組むことになるが、異論はないね？」
「構わないヨ」
リン・ヤオが答えた。
＊
「乗っ取り事件の後は糸目のへらへらした皇子サマのお守りかよ。准将のやつ、人使いが荒いったら」
宿舎に戻り、ソファにひっくり返ったエドワードがボヤいた。
「うん、でも見かけはへらへらしてるけど、あの人、結構強いと思うよ。刀だけで銃で武装した犯人を四人も倒しているんだから」
「ま、あのねーちゃんが手伝ったかもしれんけどな」
「ランファンさん？ 凄い使い手だったね。その上美人だし」
「美人って……、おい、アル、あんな女に手ぇ出すんじゃないぞ」
エドワードが慌ててソファから身を起こしていった。
「手を出すって、やだな、兄さん、ボクがそんなことするわけないだろ」
「いや、だって、その、最近おまえのことでは色々噂を耳にするし」
「どんな噂？ 兄さんはボクより噂のほうを信じるの？ ……もしかして妬いてる？」
「いや、別にそんなことはねぇけどさ……」
急にしどろもどろになったエドワードの耳元で、アルフォンスは少しばかり意地悪な口調でささやく。
「ふぅん、それならボクだっていっちゃうよ。一緒に組むからって、皇子サマによろめいたりしちゃダメだよ。兄さんは黒髪の人に弱いみたいだから」
「って、なんだよ、そりゃ」
「さあてね」
アルフォンスはとぼけたが、その目は笑ってはいなかった。
背景素材は篝火幻燈からお借りしました。