Partners 1-1

　生涯のうちに二度も列車乗っ取り犯とやりあうハメになるとは、まったくもってツイてない。しかも二度ともロイ・マスタングが絡んでいるときている。これが終わったら絶対に特別手当を要求してやる――と、エドワード・エルリックは心の中でぼやいた。
　列車の屋根へと登る鉄梯子から、エドワードは目前の敵を観察した。
　犯人たちが立てこもった客室に、エドワードは窓から、アルフォンスと憲兵たちは扉から突入して制圧する計画だったが、まさか屋根にまで見張りがいるとは思わなかった。
　相手は黒装束に奇妙な模様のついた仮面をつけていて、得物はなぜか銃ではなく黒光りするナイフだ。犯人たちは銃で武装しているはずだが、目の前のこいつはひどく小柄だから、銃無しで見張りに立たされた下っ端の小僧なのかもしれない。
　停車しているとはいえ、足場の悪い列車の屋根の上でバランスを崩すことなく身構えているということは、それなりに腕が立つということか。あの様子では多分こちらには気づいていない。
　なんにせよ、相手が銃をもっていないのは好都合だった。非番の日に呼び出されたせいで、今日のエドワードは私服姿で銃も携行していない。
「ま、持っていても使わないけどな。アルが待ってるからとっとと片付けさせてもらうぜ」
　エドワードは杖と手甲を錬成すると、列車の屋根の上へと飛び乗り、黒装束の敵めがけて一撃を繰り出した。
　だが、黒装束は宙を一回転してその攻撃を避け、着地と同時にエドワードに向かってナイフを突きつけてきた。
「おわっ」
　エドワードが飛び退り、ナイフが右脇をかすめた。
「やるじゃん」
　杖を構えて黒装束と睨み合う。
「わりぃ、計画変更。アル、そっちはそっちで巧くやってくれよな」
　そう呟いて、エドワードは一歩踏み出した。

　　　　　＊

「オレは上からいく。おまえたちは下からでどうだ」
「了解」
　以前にもこんなことがあったと思いながら、アルフォンス・エルリックは列車の窓から出て行く兄の姿を見届けて、傍らの憲兵たちに指示を出した。
「エルリック少佐の突入と同時に踏み込む。人質の安全確保が最優先」
　青い軍服のホルスターから銃を取り出し、今度は跳弾があったら鎧姿の昔とは違い自分も怪我をするのだなとチラリと思った。
　犯人たちは乗客のひとりを人質にして一等車両に立てこもっている。人数は四人。組織だったテロリスト集団の計画的な犯行ではなく、軍に追われた野盗くずれがせっぱつまって引き起こした事件だから、人質の身柄さえ確保できれば、制圧は難しくないはずだ。
　アルフォンスは、一等車両への扉に音を立てぬように錬成陣を書き込みながら、曇りガラス越しに中の様子をうかがった。
　立っている人影が一名。これは犯人だろう。座っている人影が何名か。そのうちの一人は人質だろう。人質と犯人の距離が近いとやっかいだ。なんとか引き離し、人質の周囲に錬金術で防御壁を作れるといいのだが。
　アルフォンスは胸の奥でそんな算段をしながら、兄の突入の音を待った。
　だがそのとき――。
　列車の天井から何かが落ちるような音がした。
　さらにもう一回。
――一回ならばおそらく兄さんの足音だ。だが二回なら。
　アルフォンスは素早く頭を働かせた。
――伏兵だ。
　列車の屋根に残りの犯人がいたに違いない。
――なら急がないと。
「状況が変わった。突入する！」
　憲兵に短く告げ、同時に錬金術で扉を室内に吹き飛ばす。
「アメストリス軍だ。武器を捨てろ！」
　銃での応酬はなく、床に武器を落とす音がした。
　踏み込んだアルフォンスは、銃を構えたまま素早く室内を確認した。
　両手をあげている男、その足元に刀。そして座り込んだ縛られた男が四人。床には銃が積んである。
「なんだこれは？」
　疑問が思わず口から出る。
「はいはい、降参。撃つなヨ」
　両手をあげた男が外国風の訛りでいった。長い黒髪を一つに結んだ若い男で、見れば服装も外国風だった。
「でも、俺は犯人じゃないヨ。犯人はそっち、俺は人質ネ」
　細い目の青年は縛られた四人の男たちをアゴで示す。
「来るのがあんまり遅いから、さっさと捕まえちゃったヨ」
　青年は愛嬌のある笑顔をアルフォンスたちに向けた。

　　　　　＊

　エドワードの杖は黒装束の持つ紐で折られた。
――くそっ、フラフラクネクネとやりにくい。
　黒装束はさっきから軽業師のような動きで攻撃を受け流している。
　エドワードはやり方を変えることにした。
「おまえ、結構やるな。なんでおまえみたいなのが、屋根の上で見張りさせられてんだ？　早く仲間んとこいかねーと、分け前を掠め取られしまうんじゃねーの？」
　反応はない。
「それにそのヘンテコなお面は何だ？　お祭りか？　それとも他人様に見せれらんねーようなブサイクなツラ隠してるわけ？」
　黒装束の拳がエドワードに向かってきた。
　その刹那。
「ランファン、◆■★■！」
　エドワードには聞き取れない言葉で、誰かが叫んだ。
　黒装束の拳の動きが止まった。
　エドワードはその隙に両手の手のひらを打ち合わせて、黒装束の仮面に左手を当てた。
「闘ってる最中に気を散らすんじゃねぇよ。いい加減そのおかしな仮面を取りやがれ！」
　青白い錬成光がエドワードの左手から迸る。
「兄さん、ダメだ！　その人は犯人じゃない！」
　今度の声はアルフォンスのものだ。
「えっ？」
　顔をあげたエドワードは、ひとつ前の列車の屋根の上から軍服姿のアルフォンスと黒髪の男がこちらに呼びかけているのを見た。
「んなこといったって……」
　エドワードの左手の下で奇妙な模様の面は崩れ去り、エドワードを睨みつける端整な若い女の顔が現れた。

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