家に着くなりエドワードは荷物を放り出してアルフォンスに向かって叫んだ。
「早くさっきの本、読ませろ」
「もう？ 姉さんはせっかちだなぁ」
「オレは早く続きが読みたいんだ！」
「うーん、でも考えたんだけどね、これは僕が借りた本だから、姉さんに貸すのは又貸しになってよくないと思うんだよね」
図書館の規則でも禁止されてるし――と、アルフォンスは言う。
「なんだよ、さっきは読ませるって言ったじゃないか。いろいろ交換条件まで出したくせに約束破んなよ」
だいたい、その規則とやらの裏をかいくぐって大量の本を借り出してきた張本人が何を言うか――と思いながら、エドワードは言い返す。
「読ませないとは言っていないよ」
アルフォンスはにっこりと笑う。
「一緒に読もう。それなら規則に違反しないし」
「あ、ああ」
その笑顔に今日何度目かの悪い予感を覚えながらも、エドワードは頷いた。
*
「じゃ、さっそく」
エドワードは居間のソファへと行きかけた。
だが、アルフォンスは本を持って、さっさと一人用の肘掛け椅子に座ってしまう。
「なんでそこに座るんだよ」
「この椅子が一番座り心地がいいから」
「そりゃそうだけど、オレが座れねーじゃん」
「ああ、そういえばそうだね」
さも気づかなかったとでもいうようにアルフォンスは答える。
――と・ぼ・け・ん・な。
と、エドワードが言い返そうとしたところへ、アルフォンスがまたにっこりと笑いかける。
「じゃあ、姉さんはここに座るといい。あいてるよ」
指差すのは自分の膝の上だ。
「いやだ」
「どうして？」
「どうしてって……座り心地悪そうだし……」
「それは座ってみなくちゃわかんないよ」
「だいたい人に見られたら……ヘンじゃないか」
「誰も見ないよ、家の中だし。それに見られたって、一緒に本を読んでいるほほえましい兄妹の図なんだから、誰もヘンだなんて思わないよ」
「フツーは10歳過ぎたら一緒に本なんか読まねーよ」
「姉さんが『フツー』を説いても説得力ないと思うけど……。いいよ、イヤなら僕ひとりで読むから」
そっけなく言われて、エドワードは渋々答える。
「わかったよ。座りゃいいんだろ」
*
「座り心地はどう？」
膝の上のエドワードの肩越しにアルフォンスが尋ねる。
「良くないっ！ 不安定だし、柔らかくなくて、なんか当たるし。でも……」
背中は温かいな――と、エドワードは思う。アルフォンスの手が添えられた右腕も温かい。座り心地は悪いけれど、こんな風に包まれている感覚は――悪くない。
そう思ったとき、記憶の断片がふっと頭をよぎった。
「あれ？」
「どうしたの？」
「いや、ずっと前にこういうことがあったなと思って……」
「ふぅん……、姉さん、誰かの膝の上に座ったことあるんだ。誰の？」
アルフォンスの声が低くなる。右腕に添えられた手に力が入ったのが気になったが、エドワードは思い出しかけた事柄を追いかけることにした。眉を寄せながら、記憶を辿る。
――こんな風に温かくて……
――大きい手がページをめくって……
「……男だったような」
「……マスタング大佐？」
「違う。んーと……一緒に本を読んで……」
――本のたくさんある部屋だ……
――ドアのところで誰かが……
――母さん？
「あれ……？ 一緒に母さんがいたような……気がする」
「じゃあ父さんだね」
「あいつが？ そんなことするわけないよ」
「だって母さんがいたんなら、父さんだったとしか考えられないじゃないか」
そうなのだろうか？
おぼろげな記憶の中でエドワードの傍らにいた人物の顔は視えない。
ただ暖かな幸福感だけがよみがえる。
そして、もしあれが父ならば、自分より幼かったアルフォンスには、この記憶はないのだなと思った。
「……ごめん」
「何で謝るの？」
「いや、その……オレにだけそういう思い出があって、悪いなというか……」
それを聞いたアルフォンスが笑いとも溜息ともつかぬ声をたてた。
「そんなこと、僕は気にしてないよ」
アルフォンスの手がエドワードの髪を撫でる。
「思い出は、作ればいいんだ。今みたいに……。それに――」
アルフォンスは続ける。
「その頃なら僕は母さんと一緒にいたと思うんだよね。父さんの膝より母さんの腕の中の方が格が上だと思わない？」
「なんだよ、その『格』ってのは」
振り返るとアルフォンスは至極嬉しそうな顔で笑っていた。
*
ようやく目的の本を手にしたエドワードは、いそいそと最初のページを開く。
「オレがページめくるからな」
「はいはい」
「ところで、その手はなんだ？」
「手？」
「オレの腰にまわってるおまえの手！」
「ああ、姉さんが落ちないようにと思ってさ」
「ふん」
エドワードが鼻を鳴らす。
「だったら最初から二人で座れる椅子を選べ」
そして五分後。
「……アル」
「なに？」
「あんまり撫でるな。くすぐったい」
2005/07/01
姉さんを構いたくて弄りたいアルフォンス。
膝抱っこネタ。兄弟オンリーで買った本の中にもいくつかありましたが、ネタかぶりは「パクリ」ではなく「オマージュ」と呼んでいただきたい。
本当は漫画にしたいのです……画力があればね。