No Sugar No Milk

　褐色の液体を慎重に白いカップに注ぐと、コーヒーの香りが部屋の中に広がった。

　テーブルの上にカップを置いて、ソファーにもたれた大人の様子をうかがう。閉じたまぶたに黒髪が落ちかかる綺麗な寝顔に少しだけ見惚れる。

――うたた寝なのか空寝入りなのか。なにしろ、この大人ときたら油断がならない。

「大佐、こんなところで寝たら風邪ひく。コーヒーを入れたから――」
　かけた言葉が終わらぬうちに、肩へと伸ばした左手を掴まれた。
　切れ長の目がいきなり開いて、いつもの人の悪い笑顔がこちらを見つめる。

――ほら、まったく油断も隙もありゃしない。

「エドワード、味わうならばコーヒーよりも――」
　その先の言葉は予想できたから、近づく唇を軽くかわす。
「コーヒーが冷める。オレの入れたコーヒーが飲めないわけ？」
「ありがたくいただくよ」
　クシャリと髪を撫でられた。

「どう？」
「美味しいよ」
　お世辞ではなさそうな声色が嬉しくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
　見つめる黒い瞳と視線が合って、どぎまぎと自分のカップに目を落とす。

　コーヒーは砂糖入りが好きだけど、今は大人のふりをしてブラックで。
　ひと口すすって苦さに顔をしかめると、シュガーポットが差し出された。

「いらない」
「無理をしないで入れればいい」
　白い砂糖が二杯分、優美なしぐさですくい上げられ、コーヒーカップの底に消えた。
「なんならミルクも入れるかね？」
「オレが牛乳嫌いなの知ってるくせに」

　相手が手にしたカップの中身がふと気になって尋ねてみる。

「アンタはいつもはブラックだよね？」
「今日は砂糖三杯」
「本当に？」
「飲んでみるかい？」

　そんな問いにうっかり頷いてしまったのが運のつき。
　あっという間に抱き寄せられて、口うつしのコーヒー。

「甘いかい？」
「わかんない……」

　それでは――と、もうひと口。

　口に含んだコーヒーは、本当はノー・シュガー、ノー・ミルク。

――なのにどうして甘いんだろう？

　そして……カップのコーヒーは冷めていく。

2005/02/01