甘い香りのたちこめる菓子店の店内で、アルフォンス・ハイデリヒはひどく居心地の悪い思いをしていた。首筋に感じる視線がちりちりする。
――男ふたりで入ってきたのが変だったのかな。それとも……。
隣に立つ頭ひとつぶん低い金髪の青年の綺麗な横顔を見おろす。
――やっぱり彼のせいかな？
エドワード・エルリックと一緒にこの菓子店に入ったのは、アルフォンスの妹に送る菓子をみつくろうためだ。
男ひとりでは入りにくく、いつも横目で眺めるだけだったこの店で、妹の分だけでなく自分たちの分もついでに買ってかえろうと、意気込んで菓子が並ぶケースの前に立ったまではいいのだが、ふと視線を感じて振り返り、店の奥の喫茶室にいる若い女性ふたりが何やら囁きあいながらこちらを覗っているのをみつけてしまった。あわてて何食わぬ顔で菓子のほうへと視線を戻したが、一度気が付いてしまうと、周囲の視線が気になって菓子を選ぶどころではなくなった。
そういえば、この店に来る前も、すれ違う人々がやけに振り返っていたような気がする。自分ひとりのときには、それほど注目を浴びた覚えはないから、やはりエドワード・エルリックのせいなのだろう。
注目の的は自分ではなくエドワードなのだと思ったとたん、気が楽になった。がっかりしていないといえば、嘘になるけれど。
当のエドワードはといえば、周囲の視線を知ってか知らずか、さっさと支払いまで済ませていた。品物を受け取り、にこやかに女店員に向けた笑顔に、相手の目元が染まる。次に来たときにはチョコレートの一個もおまけしてくれそうな感じだ。
タイミングを逸してしまったので、アルフォンスは自分の分を買うのを諦めた。そのまま店を出ることにしたのだが、そのときの一幕も見ものだった。
戸口ですれ違ったご婦人に対してのエドワードの笑顔のあでやかさに、婦人ばかりかその連れの男性までもが見惚れて足が止まる始末。ここまで見事に目立ってくれると、一緒にいても引け目を感じるよりもむしろ誇らしさのほうが先に立ってしまう。
「君はすごいな」
と、エドワードにいえば
「何がだ？」
と、不審そうな声が返ってきた。
彼が女性に向けた笑顔のことを話題にしたら、とたんに眉間にしわが寄った。自覚していなかったらしい。
「碌でもない見本がいたから、うつったかもな」
「見本」という言葉に複数形が使われているのが可笑しかった。うらやましいといっていいものかどうか悩むような環境だ。
書店に寄るというエドワードといったん別れて、郵便局に向かおうとしたところで研究所員のマイヤーに呼び止められた。
「よう、デートの途中で喧嘩別れか？」
「何です、デートって？」
「エドワード・エルリックと仲よさそうに歩いてたじゃないか」
「一緒に買い物に来ただけです。それにあとで広場で落ち合うんです。」
「やっぱりデートじゃないか」
「違いますったらっ」
なんでそういうことをいうのかなと不満の声を洩らすと、おまえらは目立つから、からかいたくなるんだよ、といわれた。
「目立つのはエルリックさんでしょ」
「いいや、おまえら両方だ。相乗効果ってやつだ。でこぼこコンビ」
「……それ、エルリックさんには言わないほうがいいと思いますよ」
「当たり前だ。あいつになんて、おっかなくて言えるものか」
笑いながら言い返された。
アルフォンスが郵便局で用事を済ませて、待ち合わせ場所に着くと、エドワードは噴水の縁に腰を下ろして、足元にじゃれつく黒猫を構っていた。
近づくと猫とエドワードの金色の瞳が四つアルフォンスの方を向いたが、次の瞬間、黒猫は身を翻して逃げた。
「ああ、ごめん、逃げちゃったね」
自分も撫でてやりたかったのにと思いながらアルフォンスがいうと、エドワードが問い掛けた。
「おまえ、よく猫を拾ったりしなかったか？」
「昔拾った猫が実家にいるよ。もう随分と年寄りだけど」
やっぱりねとエドワードが笑う。アルフォンスには分からない理由があるのだろう。
そうだ、これをと、エドワードはさっきの菓子店の袋をアルフォンスに渡した。中を見ると包みが三つ入っている。
「三つ？」
「ひとつは、妹さんに。ひとつは、帰ってから喰う分。最後のひとつはおまえの分」
エドワードが解説をする。
「僕の分？」
「キャンディだよ。おまえが見てたやつ。欲しそうにしてたじゃないか」
「えええ、そ、そうだっけ？」
アルフォンスは赤くなる。そんなに物欲しそうにしていただろうか。
「そうさ。最初は買う気満々だったのに、途中で他のことに気をとられてたみたいだから、代わりに買っておいた」
そこまで観察されていたのかと狼狽えながら、しどろもどろで礼をいう。
「ああ、えーと、どうもありがとう」
エドワードはにやりと笑って答えた。
「どういたしまして」
そういうわけで、アルフォンスの机の上には、色とりどりのキャンディの入ったガラス瓶が置いてある。もったいなくて、まだひとつしか口にしていないのは、エドワードには内緒なのだが。
Ende
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ホワイトデー用のネタなので、たいして中身はありません。
無駄にフェロモンを振りまくエドさんとか、猫と遊ぶエドさんとかを書きたかったみたいです。あとはセットで注目を浴びるミュンヘンエドアルコンビとか。ハイデリヒ君単体だとちょっと目立つ、エド単体だとかなり目立つ、ふたりが一緒にいると物凄く目立つ……という感じで。
まだお友達段階なのにバカップル前段階みたいになっちゃいましたが、別にキャンディをあげることに関してエドさんに他意はない……んだと思います。久々にお兄ちゃんぶったことをしたくなったんじゃないでしょうか。
あ、「碌でもない見本」の一人はロイ・マスタングで、もう一人はエドパパです。エドさん、無意識のうちに態度をなぞっているのかも。
あんまり不況という感じがしないので、多分ここはドイツじゃないんだと思います。
(2005/02/25)
背景素材はフリー素材＜ivory＞からお借りしました。