「でもアル君、それだと計算上は確かに比推力が良くなるけれど強度の問題がでてくるよ」
「それは回避できます」
「どうやって? 燃焼室圧に耐えるように隔壁を強化したら結局構造質量比が上がるだろう?」
「だから構造から変更して……これ、借ります」
アルはハイデリヒの側にあったペンをとりあげると、図面に書き込みを始めた。
さっきから二人のやり取りを見守っていたエドワードが口をはさむ。
「なあ、おまえらいい加減に切り上げてメシにしようや。オレ、腹減って……」
すると真剣に図面を見詰めていたアルとハイデリヒが同時に顔をあげ、エドワードに向かっていった。
「もう、兄さんはちょっと」
「エドワードさんは少し」
「「黙ってて!」」
音程の違う二つの声が最後は見事に重なって、エドワードを黙らせた。
「今大事なとこなんだから」
「そうです」
二人に邪険にされて、エドワードはふてくされた表情でソファにどさりと腰をおろした。
「どうした、エドワード、仲間はずれか?」
コーヒーカップを載せたトレーをテーブルに置いてホーエンハイムが尋ねる。
「んなんじゃねえよ」
ホーエンハイムからカップを受け取りながら、憮然としてエドワードは答えた。
「今声をかけると怒鳴られるぜ。なんだよ、アルの奴、ハイデリヒを避けてたと思ったら、急に懐きやがって」
「おいおい、妬いているのか?」
「違うっていってんだろーが。な・ん・で、あんたはすぐそっちへ話を持っていくんだ!」
ムキになって言い返すエドワードを見つめるホーエンハイムは楽しそうだった。
「なあ、親父、あいつら似てると思う?」
弟とハイデリヒの姿を見ながら、エドワードが尋ねた。
「どうだろうね」
「アルフォンスに会ったときにはアルが成長した姿そのままだと思ったし、アルが髪を切ったときにはアルフォンスそっくりだと思ったもんだけど、こうして見ると案外似てない。まあ、兄弟ぐらいには見えるけど」
「一応、同じ人物ということになるからな」
出会うはずのない二つの世界の同じ存在が向き合っている奇跡。
「本当ならあり得ないはずの光景……か」
「でも、エドワード、いい光景だとは思わないか」
「うん」
確かにそれは幸せな光景だとエドワードは思った
*
ハイデリヒとアルは図面を見ながらまだ議論を続けている。
「なるほど、これなら上手くいきそうだ」
「でしょう!」
ハイデリヒの言葉にアルが嬉しそうに身を乗り出した。
「すごいな、君は。その年でこれだけのことを考えられるなんて」
「それほどでもないです」
そういいながらもアルはどこか得意げだ。
「じゃあ、明日にでも図面を引き直してみるよ」
ハイデリヒが机の上の資料を片付けようとした拍子に、本の間から一枚の葉書が落ちた。拾い上げたアルが声を上げる。
「あれ? これボクたちが出したやつだ」
山と湖水の写真に彩色した絵葉書だ。裏にはアル自身の字で短信が綴られている。
「自分が出した手紙を見るのはなんだか変な感じ。ちゃんと取っておいてくれたんですね」
「君たちのお父さんは、机の前に飾っているよ」
「本当に?」
そう言って父親の方を振り返ったアルが意外そうな顔をした。
「兄さんと父さんが話をしてる。昔はあんなに仲良くなかったのに」
「そうなの?」
「兄さんってば、久しぶりに会った父さんをいきなり殴りつけたりしたんですよ」
「へえ、そんなことがあったんだ。僕がエドワードさんと会ったときにはそんな感じじゃなかったけどなぁ」
「どんな風でした?」
「楽しそうにお父さんの話をしてた。もちろん君の話のほうが多かったけどね」
それを聞いたアルはくすぐったそうな様子で下を向いた。
やがてアルがぽつんと言った。
「ハイデリヒさん、ボク、写真を撮りたいな」
「何を撮りたいの? カメラなら借りられると思うけど」
「父さんと兄さん。ボクの家には写真がいっぱいあって、でも父さんの写真はボクが赤ん坊のころの写真しかなくて――今は……一枚もないから。だから、父さんと兄さんが一緒に写ってる写真が欲しい」
「じゃあ工房の誰かにカメラを借りて撮ってあげるよ。君とエドワードさんとホーエンハイムさんが一緒のところを撮ろう」
「あなたも一緒に写るんですよ」
「いや、僕は……」
「だって、もう家族みたいなものでしょう」
だから一緒に、と、アルが笑った。
*
「兄さんはかっこつけすぎ」
「おまえこそ」
写真を見ながら言い合う兄弟を見て、ホーエンハイムとハイデリヒが苦笑した。
これを絵葉書にして送れたらいいのに、と、写真をかざしながらアルが言った。
そうだね、と、ハイデリヒが言った。
エドワードは何も言わない。
誰もどこへとは問わなかった。答えはわかっていたからだ。
故郷へ。大切な人たちのところへ。
せめて想いだけでも届けばいいのに。
――いろいろあったけど、僕たちはあれからも元気です。
少し気取った様子の四人のポートレートは、暖炉の上に飾られた。
2006/01/27
=============
「もう家族みたいなものでしょう」をうっかり「もう他人じゃないでしょう」とか書きそうになった。それはいささかまずいだろう。