※劇場版捏造エンディングその2の後という設定です。SS「Lost Heaven」の続編。ハイデリヒはアルのことを夢で見たり見なかったり。
僕は文字を書き殴っていた。
ひどく腹を立てていることだけはわかるのだが、何が原因だったのか思い出せない。
文字を書き終わった紙を裏返し、勢いよく両手を打ち合わせ、その両手を紙の上に置いた。紙の上に青白い光が走ってインクが裏側までにじみ出る。
僕はその紙をもって鏡の前に立つ。
鏡の中の僕は険しい顔つきだ。引き結んだ口、寄せた眉……でもなんだか変だ。僕はこんなに小さかったけ？ どうして子供に戻っているんだろう？
そして、気がつく。
――ああ、これは夢なんだ。
夢の中の「僕」は、現実の僕に似ているようで似ていない。負けん気が強そうな感じで、目の色も青ではなくて……。
そのとき、「僕」が紙を裏返したまま鏡に向かってぐいっと突き出した。
インクが裏側まで通っているから、鏡に映った文字も読むことができる。
「これ、兄さんに伝えてよね」
僕は鏡の中の僕に向かって言う。
「そっちの僕と仲良くするのは勝手だけど、時と場所を選べって」
――えっ？ えっ？ えっ？ なんだって？
びっくりした拍子に目が覚めた。夢の中で伝言を頼まれるなんて初めてだ。
頭がはっきりしてくるにつれて、さっき見た夢が普通の夢ではなかったことに気づく。また夢の中で「彼」になっていたのだ。「彼」――アルフォンス･エルリック、エドワードの弟に。
――そうだ、メモ、忘れないうちにメモを取らなきゃ。
そう思って枕もとをまさぐる右手に何かが当った。引き寄せてみたら靴だった。
――なんでこんなものが？
起きようとしたが、身体中が軋むようだ。肩も背中も痛い。なんでベッドがこんなに堅いんだろうと思いながら動かそうとした左腕には感覚がなかった。変だなと目をやったら、蜂蜜色の頭が左腕の上に乗っていた。
エドワードの頭が乗っている左腕を動かさないように、そろそろと半身を起す。
そこは寝室じゃなかった。ダイニングの敷物の上だ。僕が枕にしていたのは丸めたシャツで、隣にいるエドワードが枕にしているのは僕の左腕で、上に掛かっているのはふたりのコートと上着で、周りには靴だの下着だのが散らばっている。
――明け方まで僕の親方に飲みに付き合わされて、ふたりとも酔っていて……
痺れてきた左腕を引き抜こうとした拍子にコートがめくれて、エドワードの肩があらわになった。その素肌に点々とついた赤いあざを見たとたん、どっと記憶がよみがえってきて、慌ててコートをかけ戻す。
――ふたりとも酔っていて……。酔っ払ったエドワードはとても可愛くて、色っぽくて。あんな瞳で見られたら誰だって……。
でもやっぱりダイニングの床というのはあんまりだった。いや、そんなんこと考える余裕はなかったんだけど、もうちょっと場所を選ぶべきだった。
――あれ、「場所を選べ」ってそれって確か夢で……。
「彼」がいっていた言葉を思い出す。
『兄さんに伝えてよね、時と場所を選べって』
ちょっと待て。それって……。
僕が「彼」の夢を見るように、「彼」も僕の夢を見るのだろうか？
もしそうなら。
昨日の……正確には昨日じゃなくて今日なんだけど、僕とエドワードとのあーんなコトとかこーんなコトとかが、もしかして全部伝わってるのか？ 筒抜けなのか？
もしかしたら、今、この瞬間も？
――冗談じゃない。勘弁してほしい。
僕は頭をかかえた。
彼の弟からの伝言をエドワードに伝えるべきかどうか、しばらく迷った。もしエドワードが僕の言うことを信じてくれなかったら、最悪の場合、僕が彼との……ええと……関係を嫌がっているんじゃないかと誤解される可能性だってある。でも彼とのあーんなコトやこーんなコトが筒抜けになっているかもしれないなんてことを僕ひとりの胸に収めておくなんてことは出来ないし。
結局、伝えることにした。
幸か不幸か僕は記憶力がいい。夢の中の「手紙」をなんとか再現することに成功した。エドワードの国の言葉で書かれていて（英語……だと思っていいのだろうか）、内容は多分「時と場所を選べ」とか「テーブルの下は適当でない」とかそういうのだ。
エドワードは不機嫌だった。まあ、二日酔い気味の上に短時間しか眠ってないんだから当然といえるけれど。
「あー、エドワード……前に君の弟の夢を見るという話をしたよね」
「ああ」
「夢で君の弟から伝言を頼まれた」
「ああ？」
僕はおそるおそるアルフォンス・エルリックからの「手紙」を差し出した。
「これ。中身は僕が考えたんじゃないからね。僕は代筆しただけだからね！」
と、念を押しながら。
それを一読して、ただでさえ不機嫌そうなエドワードの眉間に皺が寄る。
「何のことだ、いったい？」
意味が飲み込めないようなので、説明することにした。
「僕が君の弟のことを夢に見るように、君の弟も僕のことを夢に見るのかもしれないんだ。で、昨日のというか今朝の……僕と君との……アレが……君の弟に伝わっちゃったみたいで……それで伝言された。『そっちの僕と仲良くするのは勝手だけど、時と場所を選べ』」
「なっ？」
絶句したエドワードの頬が一瞬のうちに紅く染まった。左手が細かく震えている。
沈黙が続く。……怖い。
「……エド？ えーと、エドワード……さん？」
「アルに言っとけ。オレが何をしようと大きなお世話だ」
長い沈黙のあとで答えるエドワードの声は地の底から響くように低い。でも思ったよりも冷静だ。
「言っとけといわれても、どうやって伝えていいかわからないし。……も、もしかしたらあれはただの夢だったのかもしれないし」
「いいや、これはアルだろ。この錬成陣は。写し間違ってるみたいだけどな」
エドワードはそう言うと、テーブルの上にあった鉛筆で「手紙」の最後に記された図形に線を書き入れた。
「要するにおまえとむこうのアルは夢を通じて双方向にリンクしてるってことか」
エドワードがつぶやく。
「アルフォンス、おまえが見る夢はいつも昼間か？」
「え？」
「夜の場面を見たことはあるか？」
「わからないよ、室内のことが多いから」
夢の記憶を探る。
「もしかしたら、夕焼けの空を見たことがあるかも」
「ふん。時間の流れが同じなら、時差が割り出せるかもしれないな」
考え深げにエドワードが言った。かつて研究室でそんな表情をする彼を何度も見た。思索にふける科学者の顔だ。
けれど――。
「はっ、『時と場所を選べ』だと？ なら、選んでやるさ」
そう言いながら立ち上がった彼の表情はまた別物で……。
ベストを脱いで椅子の背にかけ、シャツのボタンをはずしながら僕の耳元に顔を寄せてエドワードがささやく。
「しようぜ」
「……って何を」
エドワードは薄く笑って答えない。けれど、唇から覗く淫靡な舌の動きを見れば、答えは明白だ。
――ごめんなさい、愚問でした。
彼がシラフでもこんな表情ができるなんて思わなかった。ぞくりとするほど色っぽい。
どうやら冷静だと思ったのは間違いで、なんだか変な方向へ突き抜けちゃったらしい。
「いま？」
「そう」
「だ、だって、こんなに明るいのに」
「あっちとこっちの時差を調べるんだから、今でいいんだ」
「だからって、なにもそーゆーことをしなくても」
「刺激が強いほうが印象に残るし、これは実験だから時刻以外の条件は同じほうがいいんだ」
「実験？」
「そうさ。『時を選べ』っていうなら、適当な時刻がいつなのか調べる。向こうから何か反応があるまで続ける。おまえも科学者なら大人しく協力しろ」
妙に説得力のある口調で言われたけれど、えーと、それってひょっとして「実験」というより「嫌がらせ」というものではありませんか、僕と弟さんの両方に対する。
「だ、だめだよ、君は昨日ムリしたんだから、まだ……」
「やり方を変えるから問題ない」
――やり方？ やり方ってなんだーー！？
「それに僕は昼間からそんな気には……」
「その気にさせてやるから」
そういいながらエドワードは僕の服のボタンを外しにかかる。
――ええと、エドワードの弟さん、アルフォンス・エルリックさん！
僕のズボンに手をかけたエドワードの手と頭を押さえながら、僕は心の中で必死に呼びかける。
――あなたの電波は受信しました。これから気をつけますから、だから僕をあなた方の兄弟げんかに巻き込まないでください。この状況をなんとかして、どうか……あーーーっ。
集中力が途切れた。
「だめだったら、エドワード、そこ、だめっ！ だめ、あっ……」
(2005/11/04)
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えーと、なんか色々すみません……。
「大好きな貴方のために１０のお題」のひとつです。
拍手内に置こうと思ったのですが、内容があまりにアレなので、注釈つけてSSSコーナーに入れておくことにしました。
ハイデリヒのいる世界とアルのいる世界との時差はマイナス5時間です。夕方6時がアルの世界の昼の1時です。（一応劇場版にあわせた設定……のはず）