黒のスーツをまとい金髪をゆるやかに束ねた兄が、広間にいる人々の間をしなやかにすり抜けていくと、傍にいた者はみな振り返りその後ろ姿を目で追う。
パーティの華やかな装いの人々の中にあっても、兄の姿が輝いて見えるのは、自分の贔屓目だけではないだろうとアルフォンスは思った。
近づいてきたドレス姿の女性士官の言葉を片手を挙げて遮っているところをみると、このパーティでもダンスを踊るつもりはないらしい。さんざん特訓したおかげで、それなりにステップは踏めるようになったはずなのに、なぜか兄はダンスを踊ろうとはしない。
安堵と憐憫とほんの少しばかり残念な気持ちが入り混じった複雑な心情でその様子を眺めながら、アルフォンスは心の中でつぶやいた。
――可哀想にね、せっかく勇気を出して話し掛けたんだろうに。
そうやって素っ気無い態度をとるものだから、周囲の人間は兄に話し掛けたくても話し掛けられず、ただ遠巻きにして見つめるばかりというわけだ。それを知ってか知らずか、兄は手にしたグラスを舐めながら、フロアでダンスを踊る人々をつまらなそうに眺めている。
と、その兄の傍らへと寄る者があった。黒髪のすずしげな目をしたタキシードの男。
――マスタング少将。
笑いながら話し掛けてくる少将に、兄は眉を寄せながら何か言い返している。とても上官に対する態度とは思えないが、つまりそれだけ心を許しているということだろう。
少将の言葉に兄が笑顔を見せると、アルフォンスの胸は波立った。
あの黒髪の少将が自分たちの恩人であり信頼に足る人物であると分ってはいても、否、それだからこそ、彼が兄と一緒にいるのを見るとアルフォンスは心穏やかではいられなくなる。昔も、今も。
アルフォンスはグラスを掲げた。
淡い金色の酒を満たしたグラスの底に兄の姿がさかさまに映る。水槽の中の黄金の魚のようだ。
――こんな風にあなたをどこかに閉じ込められたらいいのにね。
そのままグラスの中身を呷る。
親しげに語り合う二人の姿など見たくはないのに、視線を外すことができない。胸の奥にはチリチリと焼け付くものがある。
――マスタング少将、あなたは邪魔だよ。
アルフォンスはポケットから銀貨を取り出し、片目を瞑ってそれを少将の姿の上に重ね合わせた。
――兄さんに近づく人間はみんな消えてしまえばいい。この銀貨のように。
声に出さずにそんな言葉を唱えながら、その銀貨を手の内から消してみせる。傍目にはパーティの座興の練習をしているようにも映るだろう。
子供じみた呪い。愚かな独占欲。自分でもわかっているのだけれど。
すぐ側で小さな拍手の音がした。振り返ると年若い女性が目を輝かせてアルフォンスを見つめている。
「素敵ですわ、エルリック様。あとでもっと手妻を見せていただけるのでしょう？」
軍部では見かけたことがない顔だから、おそらくは高官の娘なのだろう。ならば少しぐらい親しくしておいて損はない、そう判断してアルフォンスは娘にとっておきの笑顔を向けた。
「あとでゆっくりとご覧にいれますよ。でも今はダンスでもいかがです？」
頬を赤らめる娘の手を取り、兄の方へ視線を向けないようにしながら、アルフォンスはダンスフロアへと足を進めた。
2006/05/31
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エドワード側の話とセットで出そうと思っていたのですが、どうにもうまくいかないので、アルフォンス側の話だけ放出。
「手妻」というのは「手品」のちょっと古めかしい言い方です。このお嬢さんはどこぞの高官の箱入り娘なので、こういう言い回しをするのです。
このパーティの後の話がスーツエルリック祭りに投下したSSS「ミッシング・リンク」になります。つまり、あそこでアルフォンスが兄さんにからんだ理由がこれ。