ミッシング・リンク

「まったく、パーティなんてかったるい」
　ソファに倒れこむように腰をおろしてエドワードがぼやいた。タイとシャツの襟元をゆるめると、そのままだらしなくソファの背にもたれる。
「着慣れないもん着たから肩が凝った。なんで軍服じゃいけないんだ」
「主催が主催だからね。軍事色はなるべく見せないようにという配慮だと思うよ」
　こちらはパーティでの盛装をきっちりと着こなしたままのアルフォンスが答えた。
「下手な任務より、よっぽど疲れる」
　そういいながら伸びをしたエドワードの腕をアルフォンスが掴んだ。
「何だ？」
「カフリンク、取れてる」
「え、あ、そうか？」
　指摘されて袖口を見るエドワードにアルフォンスがたたみかける。
「気が付かなかった？」
「いや、全然」
「せっかく揃いであつらえたのに」
「悪ぃ……。いつ落としたのかな」
　アルフォンスがエドワードのジャケットに手をかけた。
「どこかで無くすような真似しなかった？」
「別に何もしてないぞ」
「上着を脱いだり」
「してない」
「シャツを脱いだり」
　この質問でアルフォンスが何を咎めているのか察したらしく、エドワードの頬に朱が上った。
「だーからしてないっつーの！」
「本当に？」
「当たり前だ！」
「ふぅん、それなら服にひっかけたのかも。どこかに紛れて……」
　アルフォンスの言葉は途中で途切れた。
　エドワードがアルフォンスのネクタイを掴んでぐいっと引っ張ったからだ。
「そんなに疑うんなら、この前みたいに自分の鼻で確認してみろ、馬鹿」
　最後のひとことは鼻をひねりあげる動作つき。アルフォンスは苦笑しながら、エドワードの隣に座ると顔を近づけて兄の香りを嗅いだ。
「うん。確かに他の男のコロンも女物の香水の匂いもなし」
「そういうおまえは香水の匂いがするぞ」
「ご婦人方とダンスしたからね」
「そうだったな。三人……いや、四人か」
「見てたの？」
「見てた」
「少将と熱心に話していたから、気が付かないかと思ったよ」
「あいつはさっさと踊りにいった。オレは隅っこでおとなしく酒を飲んでたさ」
「そうなんだ」
「おまえが女を集めてマジックをやっているのも見てたぞ」
「座興だよ」
　声に不機嫌な色が混じっているのを聞き取ってか、なだめるようにアルフォンスは答えた。
「指輪を隠しては、わざわざ胸元から取り出して見せたり」
「そういう演出のほうが盛り上がるからね」
「そうやって自分は勝手にやっているくせに、オレに対してはうるさいのな」
「ごめんね、ボクは兄さんほど寛大じゃないんだ」
　アルフォンスはエドワードの肩を引き寄せた。

　弟の背中に腕をまわして、ジャケットのなめらかな生地の上に手を滑らせていたエドワードは、ポケットの中の小さな異物の感触に気づいた。
　それをつまみ上げてアルフォンスの肩越しに眺めやったエドワードの眉間に皺が寄る。
　黒い虹の光を放っているのは、確かになくしたはずのカフリンクだ。
　エドワードは、自分の肩口に顔をうずめている弟にいった。
「これは何だ？　アルフォンス」
「何って？」
　エドワードの肌から唇を離さずに答えるアルフォンスの顔をむりやり押しやって、目の前にカフリンクを突きつける。
「な・ん・で、これがおまえのポケットの中にあるんだ？」
「どうしてだろうねぇ？」
　瞳の中に閃いた狼狽の色は一瞬で消え去り、アルフォンスはとぼけた顔で言い返す。
「おまえが隠したんだな」
「残念。脱がせた服の間から発見する手筈だったのに」
　そう言いながら、アルフォンスはカフリンクを取り上げて右手の中に握りこんだ。
　そのままぱっと開いた手の上には何もない。
　先ほどのパーティの座興で観客のご婦人たちに見せたのと同じ艶やかな笑顔と優雅な仕草で、アルフォンスは手のひらをエドワードに向けた。
「証拠隠滅」
「この……どこへやった？」
「さぁて？」
　アルフォンスは、意味ありげに挑むように笑うと、タイをゆるめ両手を広げて言った。
「探してごらんよ」

2006/04/27

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スーツエルリック祭りに投下したSSSの改訂版です。
タイトルにひっかけたかったので「カフスボタン」を「カフリンク」に修正。いくつかの表現もアルエドっぽく直してみました。（でもたいしたことはない）

この兄弟は軍人のようです。ちなみ少将＝ロイ・マスタング。