朱色と金色に染まった街路樹の葉が散るレンガ敷の道を、エドワードとアルフォンスは歩く。
かすかな音をさせながら落ち葉を踏みしめていたアルフォンスの足が止まった。
「ああ、ここから舗装し直されてる。感触が違う」
アルフォンスは革靴で歩道のとある場所を踏みならす。
「おまえ、そういうのに敏感な。オレにはわかんねぇけど」
「兄さんの靴は底が厚すぎるもの。十センチぐらいあるものね」
「そんなに分厚かねぇ」
実際エドワードの靴底はそんなに分厚くはない。せいぜい三センチ、いや五センチぐらいか。確かに普通より厚いことは認めるが。
それにしても、その厚さをもってしても身長差が縮まらないのが口惜しい。
「戻って」きたときには、同じくらいの背丈だったはずなのに、いつの間にこんなに伸びたのか。
水平よりも少し目線を上げたところにある弟の顔を見ながらエドワードがそんなことを思っていると、梢の色づいた葉を見上げて、アルフォンスがつぶやいた。
「風が冷たいね。もう冬も近いんだ」
「寒いんなら、そのおまえのお気に入りのマフラーをしっかり巻いとけ」
アルフォンスの首には深緑色のマフラーが巻きつけられている。
マフラーぐらい編んでやるという幼馴染の言葉を強硬に断って、アルフォンスが自分で選んだものだ。
「ウィンリィに任せたらピアノ線とかボルトとか突起とか編みこまれそうだから」
というのが断りの理由だが、ピアノ線はともかく突起は悪くないんじゃないかとエドワードは思っていた。
見立ててやるというエドワードの申し出も却下して、吟味に吟味を重ねて選んだのがこの深緑色のマフラーなのだ。アルフォンスによれば決め手は手触りだという。
「柔らかくて、まるで仔猫を撫でているみたいだから」
色が地味すぎるとエドワードは思うのだが、まあ、本人が気に入っているのだから仕方ない。
マフラーを巻きなおすと、アルフォンスは嬉しそうにいった。
「風が冷たくて、マフラーを巻くと暖かくて……季節を肌で感じるのって楽しいね」
アルフォンスが身体を失ったのは夏の終わりだった。これが、アルフォンスが生身に戻って初めて迎える晩秋なのだ。あれから……七回目の秋になる。
「匂いも……秋だね。ほら、焼き栗を売ってる」
言われてみれば、かすかに香ばしい焼き栗の匂いが漂っている。アルフォンスが見つめる方向を眺めれば、公園の入り口に焼き栗の屋台が店を出していた。
*
熱い焼き栗の入った紙の袋をかかえて、ふたりで公園のベンチに座った。
「焼き栗はうまいけど、剥くのが面倒だ」
皮がなかなか剥けないのに苛立ってエドワードは栗に歯を立てる。
「ああ、もう兄さんってば。平らなところを爪で割って両側を押せば簡単に剥けるのに」
そんなエドワードをみて、あきれたようにアルフォンスが言った。
兄さんの分も剥いてあげるよと、アルフォンスは長い指で器用に栗の皮を剥いては中身をエドワードの手の中に落としていく。
そこにはもう身体を取り戻したばかりのころのぎこちない動きは片鱗もない。エドワードのほうは生身に戻った右手をいまだに扱いかねることがあるというのに。
「ねェ兄さん、向こうの通りのお店に寄ってもいい？」
「またかよ、おまえあの店好きだな」
「だって珍しい食材がいろいろあって楽しいじゃない」
「オレは食い物より本がいろいろあったほうが楽しい」
「なら、ボクが買い物している間、兄さんはここで待っててよ」
この栗全部食べていいからさ、と立ち上がるアルフォンスに、わかったよ、とエドワードは答える。
「じゃあ兄さん、ここでおとなしく待っててね」
ぽんっと頭に乗せられた手を払って、エドワードは言い返す。
「おとなしくって、オレは犬か？ ガキか？」
アルフォンスはエドワードに答えず、笑いながら黙って右手を振っていた。
*
いつの間にか紙袋の中は軽い音を立てる栗の殻ばかりになっていた。身がつまったものがないかとひとしきり殻をかき回して確認すると、エドワードは紙袋を丸めた。
手持ちぶさたになって、ぼんやりと公園を眺める。
太陽はずいぶんと傾いていた。木々の影が長く伸びた並木道を、犬を連れた人々が通り過ぎていく。
「アルのやつ、遅せーよ」
ついていけばよかったかな、とエドワードは思う。
ひとりでぼんやりとしているのは苦手だ。
冷たくなった風にコートの襟をかき合わせる。
溜息をひとつついたとき、枯葉を踏む音がして、振り返ると大きな紙袋を抱えたアルフォンスが立っていた。
「ごめんね、遅くなって」
とんっと紙袋がベンチの上に置かれ、ふわりと深緑のマフラーがエドワードに首に巻きつけられた。
「寒かったでしょ、マフラー、貸してあげる」
「いや……」
必要ない――という言葉を飲み込んだのは、マフラーに残る温もりが心地よかったからだ。
だから、エドワードは言いかけた言葉の代わりに、マフラーの端をアルフォンスに差し出してこういった。
「寒いんだから……おまえも半分使え」
「ハニー」に続く。
初出：2005.12.29 アルエドテキストアンソロジー[Brothers!!]
背景素材は7STYLE からお借りしました。