「ひっでぇ雨」
エドワード・エルリックが鼻にしわを寄せながらつぶやいた。
授業中の居眠りのせいで、放課後まで教師の小言をくらっていたエルリック兄弟は人気のなくなった校舎の軒下にいた。見上げた鉛色の空からは、大粒の雨が落ちてくる。晴れていればくっきりと見えるはずの牧場の丘も、今は雨で煙っている。雨音だけがあたりに響く。
通り雨ならば、しばらく雨宿りしていれば止むはずではあるのだが……。
「どうする？ 止むのを待つか、それとも走るか」
エドワードは弟のアルフォンスに尋ねる。もっとも尋ねながらも周囲をそわそわと見回し、足踏みをしている様子を見れば、エドワードがどちらを望んでいるかは明白だ。
「もちろん走るんでしょ」
アルフォンスが肩をすくめながら答えた。
「兄さん、待つのキライだもんね。ここでブツブツいうのを聞いているぐらいなら、走って濡れた方がマシ」
そういうとアルフォンスは上着を脱ぎ始めた。
「おい、何してんだ？」
「カバンを包むんだよ。雨が染みてノートが濡れたら大変だから」
脱いだ上着で通学カバンを包んだアルフォンスを真似て、エドワードも自分の上着で荷物を包んだ。
「早く帰って、さっきの理論の確認をしよう」
「その前にお風呂だよ」
「そうだな」
こんなとき、家で乾いたタオルを広げて待っていたくれた母はもういない。
『あらあら、ふたりともびしょぬれになって。雨宿りしてくればよかったのに』
『ハラへってんだもん。待てないよ』
『うん、おなかすいた』
『すぐ仕度をするから、その間にお風呂に入りなさい。そのままじゃ風邪をひくわ。はいっ、バスルームに直行！』
母の姿を思い浮かべ、エドワードは唇をかみしめる。
――もう少しだから。あと、もう少しで会えるから。
空の様子をみていたアルフォンスがいった。
「さっきより小降りになってきたみたい」
「じゃ行くか」
「うん」
行く手には暗い雲が広がり、雨の銀色の矢は絶え間なく降り注ぐ。
だが、子供たちは躊躇しない。
二人は荷物をしっかりと抱え直すと、雨の中へと飛び出した。
2005/06/20
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看板用の雨の絵を描いていて思いついたシーン。
あの事件の少し前のエルリック兄弟。子供の無謀。子供の無鉄砲。ほのぼのとしたのを書こうと思ったのに、なぜかこんなのが出てきました。
でも書いてみて、エドワードひとりだったら、多分事件は起きなかっただろうというのが分かりました。
エドだけだったら、門に辿り着くまでの知識を得るのは無理だったんじゃないか、良きライバルでもあるアルフォンスがいたからこそ二人で切磋琢磨して知識を身に付けることができたんじゃないか、あるいは一人でも門まで辿りついたかもしれないけれど、そのまま自分が「持ってかれて」お終いだったんじゃないか、とか。
そもそも母親を錬成するというのは、エドの望みであると同時にアルフォンスの望みでもあったわけで、自分ひとりだったら諦めたけど、お互いを喜ばせるために頑張っちゃった部分はあるんじゃないかという気がします。
二人だからこそ悲劇は起きて、でも二人だからこそ前に歩いていけるとか、まあ、そんな感じ。
ところでさ、走って帰らないで、雨カッパでも錬成すりゃいいんじゃないかと思うんですが。……多分家に着いてから、アルフォンスあたりが気づく。