「母さんは怒らなかったし、パンケーキには黒スグリのジャムをつけて食べたのを覚えてる。でもボクはこのシロップの味が忘れられなかった。パンケーキにつけて、もっといっぱい食べたかった」
「で、これを見つけて買ってきたってわけか」
「うん。ずっと心残りでさ」
「しつこいな」
「食べ物の恨みは深いんだよ」
アルフォンスがひねると、軽々とフタは開いた。
「開かないときは、フタだけお湯につければよかったんだよね」
中身をスプーンでかき混ぜる。
金褐色の蜜がとろりと垂れた。
「うーん……」
スプーンを口にくわえたまま、アルフォンスが珍しく眉をよせた微妙な顔つきをした。
「甘くて美味しいけど……でもこんなだったかなぁ」
「どれ？」
指に蜜をつけて口に運ぶ。蜂蜜とは違う独特の甘い風味がする。
「よく覚えてないけど、こんな味じゃなかったか？」
「兄さん、ちゃんとスプーン使ってよ」
「指使った方がうまいんだよ。あれだ、つまみ食いの楽しみってやつ」
指先についた蜜を舐め取る様子を見ていたアルフォンスが、エドワードの手を取った。
「指、貸して」
アルフォンスはエドワードの指を蜜に浸して、自分の口へと持っていく。そのまま指先をねぶり、そしてにっこりと笑った。
「そうだ、この味だ。確かに兄さんの言う通り、指のほうが美味しい」
アルフォンスはエドワードの手を離さず、蜜を塗ってはしゃぶり続ける。
エドワードは自分の頬に血が上るのを感じて、目を逸らした。
「ひ、人の指ばっか舐めてないで、自分の指使え」
「そうだね」
そういいながらアルフォンスは、人差し指と中指を蜜の中へと浸した。
濡れた二本の指がエドワードの目の前に突き出された。
先端から蜜が零れ落ちそうになっている。
「舐めて。兄さん」
ためらいながら開いた口に、指が差し込まれる。
たっぷりの蜜に浸った指先を口に含むと、メープルシロップの風味が口中に広がった。
「どう？」
答えようと口を開いたら、さらに奥まで指先を入れられた。口蓋をアルフォンスの指がなぞる。
抗おうとするエドワードの腰をアルフォンスが片手で引き寄せた。
喉の奥の柔らかな部分を撫で上げる指先は、エドワードに奇妙な快感を与えた。
「美味しい？」
指が引き抜かれた。
それから頬に冷たいものが塗りつけられ、アルフォンスの顔が近づいてきてそれを舐め取った。
「パンケーキに塗るよりも美味しい食べ方をみつけた」
と、アルフォンスが言う。
「これで涙が混じったらきっと完璧に思い出の味になるね。兄さん、泣いてみない？」
「自分で泣け！」
「酷いことをいう口だね」
今度は唇に蜜が塗られて、吸われた。
それから耳たぶ、首筋。そのまま襟元まで塗りつけようとする手を押さえる。
「バカ、服につくだろうが」
アルフォンスは動じない。
「なら脱げば」
「ゆ、床に垂れたらベトつくだろうが」
「タイルだから拭けばきれいになるよ」
「……アルフォンス君、オレ、腹へってんだけど」
「さっき栗を食べたでしょ」
「あんなんで足りるかよ」
「でも、ボクも飢えてるんだ」
声が一段低くなる。
「満たされないと死んじゃいそう」
「大げさな」
「本当だよ」
だって六年分なんだから、とアルフォンスが囁く。
それを持ち出されたら、エドワードが抵抗できないのを承知で。
「おまえ、ズルイ」
「うん、ごめんね」
少しも悪びれない口調でアルフォンスが言う。
「黙って食われろってか」
「うん」
見つめてくるアルフォンスの瞳はメープルシロップの色だ。甘いけれど、それだけじゃない。
エドワードは溜息をついた。
そのあとの短いキスは承諾の印。
「オレにも舐めさせろ」
「存分にどうぞ」
すみません、蜜プレイの本番までは書けませんでした。
もしかしたら続く……かも。
初出：2005.12.29 アルエドテキストアンソロジー[Brothers!!]
背景素材はＰ−Ｂｅｒｒｙ からお借りしました。