カウントダウン

「いいかアル、どっちかがねむりそうになったら、起きていてるほうがもうひとりを起こすんだぞ」
 いつもは暖炉の上に置いてある時計を床の上に置いて、毛布にくるまったエドワードは同じく毛布にくるまったアルフォンスにいった。
「わかってるよ。あふぅぅぅう」
 あくびをしながらアルフォンスが答える。
 時計の針は11時17分を指している。
「あと43分だ」
 時計を睨みながらエドワードがいう。
「ぜったいに『今年』が『来年』になるのを見るんだ」
 今日だけは特別に起きていてもいいと母からも許しをもらった。
「うん、でも長いね」
 もう一度あくびをしながら、アルフォンスがいった。
「がんばるんだ! でもって、『来年』になったらおかあさんにおめでとうのあいさつをするんだ! ふわぁぁぁ」
 エドワードの言葉も最後にはあくびになった。

「クシャン」
 自分のくしゃみで目を覚ましたエドワードは、一瞬自分がどこにいるのか分からず戸惑った。
――なんでこんなところに座っているんだ?
 毛布にくるまったまま自分によりかかっているアルフォンスと、そのそばに転がっている置時計を見て急に頭がはっきりした。
「そうだ! 時間!」
 慌てて拾い上げた時計の針が示しているのは4時40分!
「えーーー!」
 自分によりかかっているアルフォンスを揺り起こす。
「アル、アル、もう4時じゃないか! なんで起こさなかったんだよ!」
「起こしたよ……」
 薄目をあけながら、眠そうにアルフォンスがいった。
「にいちゃんは、うにゃうにゃいって起きなかったもん」
「そんな!」
「ボクは起きてたけど、『去年』が『今年』になっても、別にすごいことなんかなんにもなかった。ボクねる」
 それだけいうとアルフォンスはまたコトリと寝入ってしまった。
「うううう……!」
 エドワードは、やり場のない感情を持て余しながら、頭から毛布をかぶった。
「来年は……来年こそはぜったい起きててやる!」

    *

 アルフォンスの鈍色の腕の上に、ふわりと六角形の雪の花が舞い降りた。雪は美しい結晶の形を崩さずに冷たい鋼鉄の表面に留まった。
「雪だね。寒くない?」
 エドワードの赤いコートの肩にかかった雪を払いながら、アルフォンスが尋ねた。
「大丈夫だ。あと……3分か」
 時計塔の文字盤を見上げながら、エドワードが答えた。
 広場には新年を祝おうと人々が集まっている。暖かい飲み物や食べ物を売る屋台も出ていた。
 カチっと時計の針が動いた。あと、60秒。
「59……58……57……」
 広場にいる人々がカウントダウンを始めた。
「3……2……1……新年おめでとう!」
 時計塔の鐘が鳴り響くと、歓声が上がった。新年の挨拶が飛び交う。帽子を投げ上げるものもいる。
「新年おめでとう、にいさん」
「新年おめでとう、アル」
 新年の挨拶をかわす兄弟を、ワイン売りが呼び止めた。
「お湯で割ってハチミツを入れたホットワインはいらんかね? 身体が温まって美味しいよ。これは子供向けにアルコール分は飛ばしてあるからね」
 湯気の立つ熱いワインのカップを受け取って、吹いて冷ましながら、エドワードがぼそりとつぶやいた。
「来年はおまえも一緒に飲もうな……ワイン」
「うん……でもボクはホットココアのほうがいいな」
 アルフォンスが答えた。

    *

 居間の時計はあと10分で午前0時を示す。
 0時になったらセントラルの時計塔の広場では新年を祝う花火が打ち上げられる。この部屋の窓からでも眺めることができるだろう。そのために部屋の明かりは落としてある。
「なあ、アル、本当に中尉たちのカウントダウンパーティに行かなくてよかったのか? オレのことなんて放っておいてもよかったのに」
 そういったのは、年末の激務のせいで体調を崩し、とっとと休んでこいとマスタングに休暇を言い渡されたエドワード。
「いいよ、せっかく二人とも非番の新年なんだから。だいたい酔っ払いたちが相手構わず抱きついてキスしまくるパーティなんてごめんだよ」
 そういいながら、アルフォンスはエドワードに湯気の立つマグカップのひとつを渡す。
「兄さんのは、ホットワインじゃなくてリンゴスープだよ。体調が悪いならワインじゃないほうがいいと思ってさ。リンゴ果汁にハチミツ、シナモンとグローブにジンジャーを少々というレシピで作ってみた。熱いから気をつけて」
 リンゴスープを一口すすって、エドワードがいった。
「こうやって二人で新年を迎えるのも久しぶりなのか」
「そう、去年はボクが当直だったし、その前は兄さんが政府のパーティの警備に出ていたし。だからたまには二人でのんびりする新年もいいでしょ」
「まあな」
 エドワードは時計を見上げた。

「……15……14……13……じゅう……」
 エドワードがつぶやくカウントダウンは途中で途切れた。アルフォンスの唇が近づいてきて、エドワードの唇をふさいだからだ。口の中にワインの香りが広がる。

 カーテンを開けたままの窓の外が明るくなった。
 夜空に光の花が開く。一瞬遅れて、花火を打ち上げる音が響いた。

「おまえ、早すぎ。まだ新年になってなかったじゃねーか」
 エドワードが唇を離したアルフォンスに抗議する。
「二年越しのキスってのもオツなものだと思わない?」
 澄ました顔で答えたアルフォンスは、にっこりと笑って付け加えた。
「新年おめでとう」





2007/01/01

=========
あけましておめでとうございます。
ご近所の神社に初詣にいって帰ってきて一眠りしたら、ネタが降ってきました。
ちみっこ兄弟、鎧&国家錬金術師、捏造未来軍部兄弟です。

兄の体調不良の症状が決まったので(冷えによる腹下しですよ)、初稿のホットレモンをリンゴスープに変更。
(ロイ・マスタングが妙に思いやりを見せたのは、自分も経験があるからに違いないです)

MenuText兄弟 目次